Ep.185 逆手の奇襲
「ようこそ、真の世界へ。歓迎しよう」
黒布で顔を覆った人物は両手を広げて見せる。温かな風が頬をくすぐる。
「こんなものが作れるのですか……、想像以上でしたね」
トールは表情こそ変えないものの、目の前の異常さに声を漏らしていた。
「元の……、光のある世界」
信じられないといった顔でレイスは呆然と見回す。青い空を流れる雲。穏やかに靡く草木。静寂の奥から聞こえる生物の鳴き声。それは確かに世界大戦前の平和な光景そのものだった。
「……気色の悪い真似事ね。夜の神が光にでも憧れたのかしら?」
苦々しい顔でアイテルが吐き捨てると、黒布の人物は可笑しいといった様に肩を揺らした。
「ほう……。僕の正体まで辿りついた事か、素直に誉めてあげようじゃないか」
微かな笑い声をあげる人物が両手を下げる。四人は途端に身構えた。
「そう怯えなくともいいさ。僕はまだ争うつもりはない」
言葉とは裏腹に空気はひりついていた。冷や汗が顎の先を伝う感触に、レイスは左手で銃を引き抜いて構えた。
「やめなさい」
アイテルの静止にレイスは呼吸を思い出したように噎せ返った。
「あなたにそのつもりがなくとも、我々には世界を元に戻すという大義がある。悠長に話している暇などない」
「元に戻すか……。それではまるでこの扉の世界がまやかしのような言い方だ」
大気が冷ややかに風を吹き荒らす。
「君達の考えはわかっている。扉の向こうの不死者を全て消せば僕の精神の受け皿、依り代がなくなると思ったのだろう?」
終焉王は笑い声を堪えられないように叫んでいた。
「実に無駄な努力だね。あいにく僕は今、永遠の寄り品を手に入れている。それがこの身体、解るだろ!?」
笑い声が穏やかな世界に響く。相反するような狂気が周囲を覆っていた。
「終焉王とやら、私からも聞きたいことがあるのですが。よろしいかな?」
繕った笑みを浮かべるトールは一歩前にでる。促すように手を指し伸ばす様子に彼は続けた。
「貴方の望むこれからの世界のあり方をお聞きしたい。それが最良であると判断すれば、北国は助力するつもりです」
「え!? ちょっと……、何言って――」
慌てるレイスの口をアイテルの手が塞いだ。
「ほう……。北国は以外にも忠実な精神があるようだ。そうですね、僕はこの平和な世界を表にしたいだけさ」
終焉王と呼ばれる黒布の人物は可笑しそうに続けていた。
「永い眠りを強いられたこの世界の神。僕はようやく目覚めた。だからこれからは僕がこの世界を導いてあげようと思うんだ。北の五賢人トール君なら、その意味が理解できるかい?」
不適に笑みを浮かべながら終焉王はトールへと片手を伸ばす。当のトールは顔を伏せると、震えるように笑いだしていた。
「ええ、ええ。わかりますとも……。この場に置ける終焉すら読みきれない愚かな王よ」
「……なに?」
雷鳴が辺りに鳴り響く。数多に落ちる稲光が周囲を包んだ。
「これは……」
硬直する終焉王は空へと視線を向ける。稲妻の一つが彼の目の前に落ちた。
「まったく。同じ外の神々として恥ずかしい存在だな」
稲妻の間柄光子が集まると二人の形を造りはじめる。しばしの反転が周囲に瞬いた。
「……白痴の魔女め。ようやく正体を表したか」
終焉王は臨戦態勢といったように両手をあげる。周辺の大気は荒ぶり、残響する。
◆
「ステラ、今よッ!」
アイテルが叫ぶと雷鳴の隙間から現れた影は何かを呟きながら立つ。白衣の装束が視界に入ると同時に澄み渡るような声色が響いた。
「祈祷術、極縁剥離、極限ッ――!」
光の中から現れたステラは叫びながら呪詛を唱える。言の葉は更なる光の柱に変わり周囲を包んだ。
「残念ね、最後の不死もこれで終わりよ?」
「貴様らッ、何をッ!?」
苦しみ始めた終焉王は地面に這いつくばる。
「妾のかけた呪術は【剥がし】によって解除された。これでその男の不死は終わり」
アザートホルスは目を細め不適に嗤う。
「き、貴様……、これを解けば、お前は消えるはずだろうッ!?」
苦しむ終焉王はなりふりを構わず叫んでいた。
「……ああ、そうだな」
音の消えたように静か隙間から、アザートホルスは呟いた。
「現し世は存分に堪能させてもらったよ。ここから先は、この身体の主に委ねようと決めたのでな」
光は激しく瞬くと、周囲を照らした。