Ep.183 賽の目
異様な巨大扉を前に集まる大勢の集団は息を殺すように待っていた。
「定刻です。これより作戦の決行へ移る」
アイテルは静かに告げた。彼女の合図で西国製の重機が駆動音を轟かせた。
「……アザートホルス、前へ」
「ああ。解っておる」
青い長い髪を揺らして歩く女性の表情は、笑っているようにも見えた。誰もが息をのむ状況で、扉の前に揃う数人だけが涼しい顔でそれを見ていた。
「……最後に言っておくぞ。この中は最早、妾の知るモノとは違う。扉が開いたらせいぜい、己が出来うる最大の用心することだ」
両手を空へ掲げるアザートホルスは呟いた。
「……そんな当たり前、この場に集まった気高い魂に失礼でしかない。さっさと開きなさい」
アイテルが冷たく言い捨てると、群衆から雄叫びのように声が上がるのだった。
「……よろしい。現し世の足掻き、妾も近くで見物させて貰おう」
アザートホルスの青い髪が逆立つように動くと、怪しげな光を放つ。
「……九死霊門、我が意思により開くが良い」
遠くから聞こえる地鳴りが集まる軍勢を襲う。
◆
「これは……」
耳障りな音が消えると巨大な二枚扉は観音開きに動いていた。中から立ち込める黒い霧のような靄で向こう側は全く見えない。
「ーー西国空挺隊、全速前進ッ!」
後方から怒号が響いた。西国シグマ元帥の合図で数十隻の戦闘空挺が扉をくぐり抜けて行く。
「後方は空挺からの指示を待て。先遣隊、突入する」
アイテルの指示に呑み込まれ掛けていた全体の空気が一斉に士気を取り戻した。派手な上掛けを脱ぎ捨てる界雷神トールは両の袖を捲し上げた。特大剣に右手を伸ばす異形の鎧騎士が一歩前へ出る。
遅れたレイスは唇を噛み締めながら顔を上げる。歩きだしたレイスの視線の先には、反対に歩みを進めるアザートホルスが映っていた。
「……行ってくる」
レイスはすれ違いざまに呟いていた。
「……案ずるな。汝の求める決着は、必ず向こうにあるはずさ」
横目で見たアザートホルスは笑っているように思えた。彼女なりの励ましなのかとレイスが笑みを浮かべた刹那、喚き叫ぶ声が辺りに響く。
「ーー先遣の空挺部隊の信号が途絶えました」
混乱が暗い荒野に手を伸ばす。
◆◆
「げ、元帥閣下ッ、し、指示を、ね、願います」
西国の軍人が動揺したまま叫んでいた。シグマは顔色一つ変えず静かに口を開く。
「次の隊を前に出せ。先行の部隊には引き続き交信を図れ」
「ーーハッ!」
再び駆動音が鳴り出す中、アイテルは先遣隊の面々に視線を送る。無言のままアイテル、トール、アーレウスと呼ばれた騎士が動く。レイスはそれを見て駆け出した。
「アザートホルス……、いざとなったら、頼むからね」
レイスの独り言は黒い靄の霞に消えていった。