Ep.180 決行の前夜
最後の不死者を討ち果たしたレイスとアザートホルスは、その足で東国へと向かう。闇夜が果てしなく続く海峡を越え、崩れ欠けた結界の狭間をすり抜けた。
東の大陸は三年前に比べて、全く別物に変わり果てた。呪士、祈祷士に反骨心を持っていた一部の民の暴動から始まり、内乱は徐々に東国に広まっていった。
それまで信仰されていたはずの社や呪士の旧家は破壊され、外部から自国を守る防御結界すらも低下していた。東国を去る者、暴徒として破壊や強奪を繰り返す者。混沌にまみれた東国は、もはやかつての生命力に溢れた自然は失われていたのだった。
『主様、まもなくリーパー邸に到着致します』
夜空を駆る白狼、死魔の声で、目を覚ましたアザートホルスは地上に広がる瓦礫の山を眺めた。
「ううん……、もしかしてもう着いた?」
大きく伸びたレイスが欠伸混じりで尋ねる。無言のまま地上を指すアザートホルスに、レイスは顔を覗かせた。
廃墟の立ち並ぶ一角から少し離れた場所に、ポツンと残されたように立派な邸宅が望む。
「ここに来るのは、汝にとって相当に難儀のようだな」
曇った表情のまま、レイスは首を横に振っていた。
「……そんなこと無いよ。あの人はきっと、感情の矛先に迷っているだけだと思う。少しだけだけど、気持ちは、私にも解るから」
自分に言い聞かせるようにレイスは呟いていた。
◆
三年前、崩壊した天眼から飛空艇で脱出した二人は東国を目指した。南と地続きである北国を避け、東国に向かったのは、タナトス・リーパーの潜在意識だったのかもしれない。
あてもなく東国へとたどり着いたレイスは、アザートホルスの言う通りに飛空艇を飛ばした。とある呪士の邸宅に向かえという彼女の助言に、理由も解らずその場所を目指した。
目的の大家、リーパー邸に来訪した彼女達は、当然の事ながら歓迎される事はなかった。リーパー家当主であったエレボス・リーパーの突然の不幸に、当時の一家は酷く荒れていたのだ。
愛娘に掛けた祝詞の反動をエレボスが全てを背負った事、そんな異常事態に一番動揺していたの長女であるアイテル・リーパーだった。
来訪したタナトス・リーパーの姿をした呪い、アザートホルス。彼女を見たアイテルはさらに激情し、二人を酷く怨嗟した。
追い立てられるように邸宅を後にした二人は、祈祷士ステラ・アマナミに声をかけられた。彼女曰く、東国の指導者達は世界の異常を解決する術を摸索しているらしく、終焉王の目的の調査と、その残党である不死者狩りを既に進めていたのであった。
ステラの強い薦めにより、二人はたまたま居合わせた北の魔導士と共に北国へ向かう事となる。
それから今日に至るまで、二人は各国で残党の不死者を探す旅をしていた。
◆◆
崩れ欠けた巨大な門をくぐり抜け、屋敷の扉に手を掛ける。長い廊下を進みながら、レイスは三年前の出来事を思い出していた。
激昂するアイテル・リーパーは行き場の無い怒りを振りかざし、敵意を剥き出して叱責してきた。月日が経ったとはいえ、また彼女の前に立つ事が本当に正しいのだろうか。
曇る表情を悟られないよう、レイスは平静を装おうと努めた。
「……着いたな」
大広間に繋がる扉の前で、アザートホルスは立ち止まり呟いた。それを開けることを戸惑っているのかと、レイスを見て黙っている。
「大丈夫。あの人だって、目的は同じだもの」
「そうか」
乾いた悲鳴のように軋みながら、扉が開かれる。広い室内の正面には長いテーブル、入り口から一番遠い端に二人の女性の姿があった。
「よく来てくれました。御二人とも、無事でなによりです」
白装束の祈祷士ステラは優しく微笑む。隣で頬杖を着いた黒いドレスのアイテルは目を細めて睨んでいる。レイスが思わず身構えてしまうと、不機嫌そうにアイテルが口を開いた。
「最後の不死者は確かに始末したのかしら?」
「はい。消滅は二人で確認しました」
「ふん……。報告が遅いのよ、東国は既に準備が済んでいる。あなた達の消耗が回復次第、作戦は決行する」
苛立ち露にするアイテルは、アザートホルスをいっそう不快そうに睨んでいった。
「他の国からの応援も既に整っています。御二人はゆっくりと身体を休めて、万全を備えてくださいね。食事と部屋の手配は私から御案内します」
ステラはそう言って二人に歩み寄る。以前ほど叱責されない事にレイスがホッと胸を撫で下ろしていると、冷たい声で名前を呼ばれた。
「……レイス・バンシー、此方に来なさい」
「は、はい」
恐る恐る進むレイスは、緊張した面持ちでアイテルの前に出た。
「……両手を揃えて出しなさい」
「え……、こ、こうですか?」
両手をアイテルの前に差し出す。
レイスに一瞥をくれると、アイテルはナニかを呟いた。黒い煙のようなモノが漂うと、レイスの両手首に巻き付いて消えたのだった。
「え、今のは……?」
「……ふん、呪術に決まっているでしょう。あなた達が敵前で逃げ出さないように、黒狂禁忌で行動を封じたのよ」
「なッ……?! 私がそんなこと、するわけがーー」
言い掛けて口を塞がれる。いつの間にか隣に立っていたアザートホルスは不気味な笑みを浮かべて鼻を鳴らしていた。
「過保護も程々にしておくことだな……、この娘は妾の相棒、余計な手出しは無用だ」
「その声で話し掛けないで貰えるかしら。妹は必ず取り戻す、あなたはリーパーの敵である事をお忘れなく」
「――ンンンッ……?!」
口を塞がれたままレイスはアイテルから引き離された。
「妾は先の祈祷士と段取りがある。汝は先に休んでいると良い」
「段取り? ちょっと、私にも詳しく話してよーー」
「レイスちゃんの部屋はここを出て左手の突き当たりに用意してあるわ。食事は後で運ぶので、ゆっくりと休んで下さいね」
ステラはそう言ってレイスの背を押す。
一人広間から出されたレイスは、両手に付いた見えない呪術の印を訝しく睨んだ。




