Ep.175 天眼の幕引 上
『素晴らしい……これこそ隠世の神々の力……』
漆黒の空を切り裂いた九死霊門の怨霊は、獲物を探して蠢いている。黒色のその身体は闇夜と同化しているかのようにその巨体で空を覆い尽くした。
「てめぇ……俺の、身体を、勝手に……」
強大な九死霊門へ無防備に近付くオルクスは、独り言の様に苦言を吐き捨てた。
『何を今さら、最初に言ったはずだろう。我が種の力を受け入れるのならば、華を結ぶその時にはその身体を捧げよと』
異なる声で口を開くと、オルクスの身体の自由を奪う終焉王は怨霊に向かって歩みを進める。
深淵に浮かぶ怨霊もその姿に気が付いたのか、煙のように揺らぐ大きな手を伸ばした。
『これぞ数千年待ち焦がれた、世界の外側の力……さぁ、私を受け入れよ』
鎧の腕を怨霊へと伸ばす終焉王は近付いてくる怨霊に語り掛ける。
『さぁ、すべての子種よ、約束の時だ。我が手足となり忘却の神なるあの力と一つに成れ』
終焉王の一声に大気はざわめきを増す。呼応するかのように、怨霊はそのおぞましい身体を露にした。
「ざけんな……勝手に動かしてんじゃあ……ねぇ……」
『……不死の力に逆らうつもりか?』
オルクスの口から二つの声色が飛び出す。放り出したように伸ばされていた右腕が、瓦礫に突き立てたままの特大剣を掴む。
「てめえ一人で、食われてろ……この、クソ寄生野郎ぉッ!」
『――まだ、これほどの自我を保っていたとは……』
重厚な刃を自らの左肩に乗せると、オルクスは躊躇いなくそれを引き裂いた。捥がれた左腕が大地に落ちると、灰のように崩れた肉片の中から黒い球体が転がった。種子のような物体は転がると同時に、怨霊へと吸い込まれてゆく。傷口からは大量に鮮血が吹き出し、そのまま彼は苦しそうに両膝をついたのだった。
『――カーリーの子種を切り落としたか……無駄な事を……』
左肩をおさえるオルクスは、苦悶に満ちた表情で吸い込まれてゆく不死の種を睨んだ。
「てめえの駒になる位なら、借りモノの力なんて叩き返してやるよ」
『――それで報いたつもりか? まぁいい。ようやく念願の力に辿り着くことが出来た。見事な働きであったぞ、逆賊の王子よ……』
終焉王の意識を宿した不死身の力はそのまま怨霊の中へと吸い込まれるのであった。