Ep.170 帰還
「コイツは俺が仕止めんだよ。勝手にでしゃばってんじゃねぇッ」
特大剣を振るうオルクスが先行する様に怪物へと飛び込んでいた。狙いを定めた怪腕は彼を目掛けて伸びる。逃げ場の無い攻撃を巧みに躱しながら、生じた隙にその刃を叩きつける。それでも怯むことの無い獣頭の怪腕は幾度となく切り刻まれようとも、たちまちに再生する。反撃とばかりにオルクスの背後から蛇行する別の腕が牙を剥いた。
「先走ってんじゃねぇよ。ちょっとは頭使って協力しろッ」
獅子頭のような怪腕の牙が届く刹那、レヴァナントが振り抜いた斧槍がそれを穿つ。
「あぁッ?! てめぇ、誰に向かって――」
いがみ合う二人の頭上には鋭い嘴を開いた鳥獣頭が迫っていた。横目でその気配に気付いた二人の間を猛烈な旋風が吹き抜ける。
「争う相手が違うでしょッ! 今優先するのあっち!」
波状の刃に付いた血糊を振り払いながらティナが叫ぶ。三人を取り囲む様に伸びた怪腕は絡み合いながら地上へ振り下ろされる。紙一重にそれを避けながらも、三者の刃は確実に反撃を繰り広げていたのだった。
「デカイだけで、所詮はこの程度かぁ?!」
獅子頭の腕を貫くオルクスは得意気に叫ぶ。
「ちょっとオルクス、油断しないで!」
ティナは鳥獣頭の腕を捌いて叫んだ。
「――ッ?! 二人とも上を見ろッ!」
蛇頭を叩きつけるレヴァナントは周囲の異変に気が付いた。地面から立ち上る赤黒い煙は上空に浮かんだ外敵に集まって行く。レヴァナントの声に気が付いた二人は視線をあげると、歪に膨れ上がる怪物にその手を止めていたのだった。
「さっきの爆発が来る、早く距離を取れッ!」
レヴァナントは叫んでいた。固まる二人は再びその声を合図に動き出す。得体の知れない爆発を間近で見ていた二人は察したように身を捩る。行く手を阻むように怪腕は辺りを打ち続けたのだった。
「――まずい、このままじゃあ、また……」
レヴァナントは空を見上げて嘆いた。勢いを失うこと無く膨らみ続ける巨大な黒い塊は、薄曇りの空を覆い尽くす。絶望が足音をたて近付く事が解る。
「早く逃げろッ! また――」
誰の声かも解らないままに、閃光は空を駆ける。
◆
「……これは、いったい……?」
レヴァナントは爆音の後に現れた静けさに顔をあげていた。頭上で光る橙色の揺れる光は休むこと無く続く。遅れたように届いた風圧と衝撃にその場で耐えた。
「いったい今度は何なの?!」
「また新手か? いい度胸だ、まとめて潰してやるかッ」
オルクスとティナも空を見上げていた。消炎が霞む空には幾つかの影が浮かぶ。
「あれは……」
レヴァナントの視界にははっきりと映っていたのだった。見覚えのある、懐かしいその動きに思わず口元は緩んでいたのだった。
「西の戦闘挺……? 何でそんなもんが味方してるんだよ?!」
視界に映るのは宙空を駆ける鉄の塊。それはレヴァナントが席を置いていた西国の軍事空挺だった。間髪いれず弾薬を放つその勇ましい姿に彼は思わず笑っていた。
「なんにても……頼もしい味方じゃねぇか」
沈む夕日に煽られた空は、黒雲の隙間を縫って輝く。別れたその一部の隙を逃さない炎が焼いて進む。
「――レヴァナントォッ!」
突然ティナの叫び声が聞こえた。振り向くレヴァナントの視界に巨大な羊頭の怪腕が迫る。時間は圧縮したようにその時を弛めていた。
「――遅れてすまない。ようやく現状を把握できた」
閃光が目の前に広がると衝撃波は辺りへ散り散りに弾ける。何が起こったのかわからないが、レヴァナントはその目で向かい合う人物を見えいたのだった。
「ずいぶん足止めを食らってしまった。この詫びは結果で示そう」
黄金の直剣を構えた騎士はそう言うとつぶさに振るう。切り刻まれた羊頭の怪腕は再生をする間もなく地面へ崩れ落ちたのだった。
「おまえは……奴らの仲間じゃなかったのかよ?」
「それは随分な誤解だ。しかし、先行したクセにここまで足止めを食らうのは僕の落ち度だよ。それは大いに責めてくれて構わない」
朱色の外套を翻す優男は、静かに笑みを浮かべてそう言った。狙いを変えた獅子獣の怪腕が彼を狙い振り下ろされる。
「僕の名を語る不届き者には、相応な真の剣を示そうじゃないか?」
迫る怪腕の動きが止まると、騎士は剣を腰に下げた鞘へと納めた。涼しい顔で上空の爆撃を見る彼は口を開く。
「なるほど……戦況は芳しくないようだね。それも全て我が家系の恥が要因。不足ながら、僕もその責任をここに取らせて貰う」
「あなたは……まさか本物の、よくぞご無事で」
「チッ……ガルゥーダの野郎、ガキの方が断然に強ぇじゃねぇか」
「まさか、あんたが無事とは思ってなかったよ。正直、かなり頼もしい」
黄金の直剣を払う姿は優美と言わざる終えない。南国最強の騎士はその目に確かな意思を浮かべて空を見上げていた。
「南国騎士団、第一席天命騎士ブレイズ。ここに武勲を示そう」
その姿は神々しくも頼もしいのであった。