Ep.165 揃い踏み
微かに聞こえていた地鳴りは、徐々に近付いて来るかのように響いて来た。今にも閉じてしまいそうな薄目で大聖堂の方を見て、アザートホルスは呟いたのだった。
「噂をすれば……出てくるぞ」
彼女の声とほとんど同時に大聖堂は轟音と共に崩れた。立ち上る煙の向こうで一つの巨大な影が上空へと舞い上がる。逆光を浴びたそれは遥か高みから地上へ巨影を落とす。
「何だ、あれは……!?」
同時に声を漏らすレヴァナントとティナは、突如として現れた異形の影に呆然と立ち竦む。徐々に散りゆく土煙の奥で、黄金に輝く巨大な翼が空へ伸びた。
「恐らく先刻の一部分。いや、密度からすればあれが本体でも不思議ではないな」
「さっきの奴って……お前が倒したんじゃねぇのかよ?!」
レヴァナントの問い掛けにアザートホルスは大きな欠伸を挟んで応える。巨大な鳥のような怪物にティナはまだ硬直したまま見つめていたのだった。
「複製などと云っていたな……生物の体液、即ち血液を媒介に力を増幅させるか。なるほどそれで深紅の宝石か……ククク、洒落が効いておる」
一人笑いをするアザートホルスにレヴァナントは狼狽えながら視線を空へと戻した。完全にその姿を露にした怪物は、威嚇のように大きな嘴を打ち付けた。金属がぶつかるような甲高い不協和音が木霊する。
「あれは、私達が地下で見た鳥頭の怪物……」
「……ッ? 見ろよ、アイツ見境無く壊してやがる」
両翼で大聖堂を叩き付けるソレは、怒りをぶつけるかのように辺りを破壊する。天眼の空に拡がっていた紫煙を吐き出し続けていた煙突もろとも、大聖堂は完全に砕けていった。
「司令塔を無くして混乱しているのであろう。否、押さえ付けられた怒りが暴走しているのか……いずれにせよ此方に気付くのも時間の問題ではあるな」
言葉とは裏腹にアザートホルスは溜め息のようにゆっくりと呟いている。離れているとはいえ上空から襲い掛かる巨大な怪物にとって造作もない距離。レヴァナントは急いで立ち上がると、未だに眠り続けるレイスを背負った。
「あれって、誰かが戦っている……あれは……師匠!?」
「アーレウスが戦ってんのかッ!? いくらなんでも無茶苦茶だ」
目を凝らしてよくよく怪物を見ると、不規則に翼と嘴を振り回している。獲物に狙い打ち下ろすその動きは、確かに何かを追っている。それは地上で動く何かと交戦しているように見えたのだった。
「レヴァナントは二人を連れてこの場を離れて安全な所へ。私は師匠の加勢に向かう」
「馬鹿な事言ってんなよッ、いくらアーレウスが強くてもあのサイズだぞッ?!」
引き留めるレヴァナントの手を軽くあしらうと、ティナは力強い眼差しで応えた。彼女の顔にはこれまでに無いほどの安堵と決意が入り交じっている。レヴァナントは思わず言葉を止めてしまう。
「私は南国の騎士、この国を救う責務を背負ってる。大丈夫、此方にはあの戦王が付いている」
「ちょ……ちょっと待てって――」
レヴァナントの声に後ろ向きのままティナは手を上げる。駆け出した彼女は振り返ること無く、巨大な鳥獣を目指すのであった。
◆
「――空の色が変わり始めてる」
大聖堂へ向かって駆け出したティナは変化しつつある空模様に気が付いた。紫色の毒の曇に覆われていた大空は大聖堂を中心に元の群青色を取り戻しつつある。
「毒が消えてきている……これなら私達にも勝機はある、師匠もきっと気付いているはずね」
近付くにつれて鳴り響く轟音が更に強くなる。目前に迫る両翼を広げた鳥獣は地下で見た姿よりも遥かに大きい。
「――見つけた!」
ティナの視界に剣を振るうアーレウスの姿が映る、上空から迫る巨大な嘴を特大剣が弾き返していた。
「この距離、私の剣なら届くッ――」
足を止めること無くティナは騎士剣を目一杯に弓引くと、狙いを定めて真空の斬撃を打ちはなった。見えない刃は驚くべき速度で鳥獣の左目を貫く。突然の衝撃に鳥獣は不気味な呻き声を上げて仰け反ったのだった。
「――ッ!? ティナか、良くやった」
動きの止まる一瞬の隙をアーレウスは見逃さない。隻腕で特大剣を肩に背負うと、鳥獣の眼前まで飛び上がったのであった。
「旧友よ、今度こそ全力でその苦しみを砕いてやろう」
アーレウスの刃は巨大な額へと振り下ろされる。刹那にして鳥獣の頭は粉々に砕けて消えたのだった。
「――師匠ッ、危ないッ!」
「何ッ……?!」
頭を無くした鳥獣の黄金の翼はその形を腕のように変える。振りかぶるように動く巨腕はアーレウス目掛けて打ち放たれた。
「――毒さえなけりゃあ、手前ぇもただの雑魚なんだよッ!」
異形の甲冑を纏う男は砲口の如き叫び声を上げて飛び出した。巨大な両腕は一瞬にして肉片へと切り刻まれる。
「転生変換術、極性悪逆無道。手前ぇだけが化物の力を使えると思うなよ?」
「――オルクスッ!」
麻痺毒の消えつつある天眼の地上に、南国最強の師弟は揃うのだった。




