Ep.161 業の呪い
激しい衝撃と轟音が荒野を揺らしていた。震動によって崩れる岩肌は土煙をあちこちで巻き起こす。顔を打つ小石に気が付いた男は、寝ぼけた様にその腕を動かしたのだった。
「……ここは、俺は……生きてるのか……」
薄目を開けると眩しさに手を翳した。まだ力の入らない反対の手でそっと胸に触れてみる、不思議と痛みは感じなかった。
「どう、なってる……まだ不死身のはずじゃあ……?」
レヴァナントは目を細めて視線を上に向ける。紫色の不気味な空は藍色が差し込み僅かに暗くなっているようにも見えたが、陽光はまだ燦々と降り注いでいたのであった。
「痛ぅ……そうだ、レイス……レイスはッ?!」
上体を起こした途端、記憶は呼び戻される。すぐ側に感じた気配に目をやると、一人の少女が横たわっていた。深刻そうに顔をしかめたレヴァナントはそっと手を伸ばす。恐る恐る触れたその手に、温かな体温と脈動を感じ取れる。途端にほどけた緊張、レヴァナントは少女を抱き締めたのだった。
「良かった……レイス、良かった……」
自然と溢れだした涙に気も止めず、ただ灰色の髪を何度も撫でる。兄の腕に抱き抱えられる少女はまだ意識を彼方へと失くしたまま、か細い寝息を立てていたのであった。
◆
「――レヴァナント、気が付いたのね!」
恥ずかしげもなく大声で泣き喚くレヴァナントに、赤毛の騎士が駆け寄ってくる。呼び掛けに気が付いた彼は片腕でその顔を無造作に撫で付けた。
「ティナ……レイスが、ちゃんと生きてる……本当に良かった」
「……そうね。とにかく二人共に無事で良かったわ」
喜ぶ彼とは対照的に、浮かない表情でティナは呟いた。彼女の態度にレヴァナントは弁明のように口を開くのだった。
「すまない、レイスのした事はお前からすれば許せないだろう。取り返しのつかない事だって事もわかってる、だけど俺の大切な妹なんだ。何も出来ないかもしれないが兄として、俺も一生かけて謝罪するよ。だから……」
仲間を手に掛けた敵を前にティナは複雑な感情を抱いている、そう思ったレヴァナントは深く頭を下げて続けた。しかしティナの視線は兄妹を見ることはなく、別の場所へと向いていたのであった。それでも地面に頭を擦り付けて懇願する彼にようやく気が付いたティナは慌てて口を開く。
「違うの、レヴァナント。もしかしたらその子は私の友人を殺めてはいないのかもしれない」
彼女の視線が再び流れる。促される様にその方向に目をやるレヴァナントは、想像を越えた情景に目を丸くしたのだった。
「なんだ……誰かが戦っている? いや、あれは……レイス!?」
抱き起こした妹に目をやると、さっきまでと変わらずに少女は気を失ったまま項垂れている。再び視線を戻すと間違いなくそこにもレイスの姿がある。ナニかと戦うレイスは歪んだ笑みを浮かべていたのだった。
「あれはあなたの妹さんじゃない。恐らく第1席もアレに利用されていたみたい、さっきから何度も姿を変えて襲い掛かって来ている」
「姿を変えて……?」
動転するレヴァナントが漏らすとティナは頷いて指を指す。先程より激しく立ち込める土煙の中で今度は別の騎士が剣を振るっているのが見えたのだった。
「奴は複製と言っていた。推測だけど他人の能力ごと容姿を変えられるのだと思うわ」
再び向けた視線の先には、さっきまでとは容姿の異なる大楯と槍を構えた騎士が映る。隣で見つめているティナの方から鈍い音がする、見れば彼女は憤る様に剣を固く握っていた。
「あれはバルエッタ……私が話した騎士の仲間よ」
止めどなく続く怒りを必死に抑えて、彼女は呟いたのだった。
◆◆
激しくぶつかり合う轟音は休むことなく荒野に木霊する。呆然とそれを見ていたレヴァナントの頭に疑問が浮かぶ。
「誰がそんな化物の相手してんだ……アーレウスのおっさんか?」
「それは……」
視界の遮る土埃に阻まれるように、ぶつかり合う二つの影ははっきりと見えない。言いよどむティナに違和感を覚えながらも、レヴァナントに微かに映る人影に目を凝らす。
「あれは……なんだ、何でアイツがッ!? まさかッ――?!」
レヴァナントは慌てて立ち上がる。駆け出しそうになる彼の手を、隣に座る彼女が引き留めた。動転する頭でレヴァナントは何かを叫んでいた。悲痛な表情に変わっていたティナから一言告げられる。
「戦っているのはタナトスよ……いいえ、今は全く別人に変わってしまっている」
青ざめるレヴァナントは東国でアイテルから語られたリーパーの呪いの秘密を思い出す。タナトス・リーパーに掛けられた、末代まで続く業の呪い【九死霊門】を……
「そんな……まさか……?」
視界の悪い土煙の向こうで異常な歓喜の叫び声が聞こえる。




