Ep.160 強襲の複製騎士
奇妙な白と黒の炎は周辺に転がる瓦礫を消炭のように変えると、熱気を残して消えていった。風に揺れ崩れる瓦礫の燃えカスは上空へと巻き上げられて流されて行くのだった。
「そう言えば死霊鳥の記憶にあったね。終焉王とやらが探している扉の守人、君の事か?」
ロセウムの姿をした人物は含み笑いで尋ねていた。不貞なその様子に巨大な白狼はその瞳を細めて怒りを露にしたが、その背に乗る主の指示を待つようにじっと堪える。
「ガルゥーダでもなければロセウム殿ではない……? いったいあなたは誰なの?!」
白狼の背中へと移るティナは困惑しながら叫んでいた。
「剛剣騎士パーシバルか……こんなところで遊んでいていいのかい? 君の師と兄弟子は今頃地下で死霊鳥と対峙しているよ」
「師匠とオルクスが?!」
取り乱しかけるティナの肩を華奢な細腕が止める。彼女が振り返る間もなく前に出るアザートホルスは、満足そうな溜め息をついて口を開くのだった。
「妾は今、馳走を食して機嫌が良い。遊んで欲しければ相手をしてやらんこともないぞ?」
彼女の言葉が発せられた瞬間、辺りに得も云えない緊張が走る。殺気とは似て非なる絶望感のような鈍い空気が立ち込めると、ロセウムの偽者は更にその顔を歪めたのであった。
「これはこれは……僕の複製のどれよりも魅力的な力だ。是非とも手に入れたいね」
黒の炎がロセウムの騎士剣に再び宿ると、特大に膨らむ焔が白狼へと撃ち放たれた。
「死魔……繋縛」
『仰せのままに、禁縛――』
白狼の巨大な尾がさらに伸びると、爆炎を覆い尽くして防いだのであった。
「素晴らしい、その狼も僕の複製に入れてあげようじゃないか――」
黒煙の後ろから飛び上がったロセウムは左手に構えた白炎の剣を振りかざした。
『愚者め、我が禁縛の前に二度目はない』
白狼はその牙を剥き出し咆哮をあげる。途端にロセウムの炎は搔き消されると、そのまま地面へと叩きつけるのだった。
「――なんだ、今のは……?」
立ち上がるロセウムに欠伸ながらに応えたのはアザートホルスであった。
「死魔の繋縛は封じの呪詛。汝の焔は二度と我等に届くことはない……よもや、これで終いか?」
アザートホルスの挑発にロセウムは顔を更に歪に変形させると、高笑いで声を荒ぶらせた。
◆
「面白いッ――テュポエウスと引けをとらないその力ぁッ、僕の血と変われ」
叫び声をあげるその姿は既に第13席ではなく、獅子を模した兜を纏う長身の騎士へと変わっていたのであった。
「そんな?! 今度は第4席殿に!?」
驚き叫ぶティナの目の前で、レオニネル姿の騎士は重厚な槍斧を振りかぶっていた。
「今度は体術か? 芸が多彩であるが、それでは通用せぬぞ」
アザートホルスが何かを宙に投げると、燃え尽きた刹那にそれは一つ目の亜人へと変わる。隆々とした筋肉質の亜人は容易に槍斧を片手で受け止めたのであった。
「呪術、【降魔調伏】。肉弾戦の相手が欲しかろう?」
亜人はその太い腕を奇形な木槌の様に変えると、レオニネルを弾き飛ばす。
「東の秘術か……面白い」
吹き飛んだレオニネルは立ち上がるとまた口元を弛めて言った。
「ほう……汝も、不死の真似事か?」
派手に叩きつけられたはずのその身体は全くに無傷、反対にアザートホルスの放った亜人の身体は真っ二つに切り裂かれていたのであった。
『――主様、再び禁縛を』
白狼の呼び掛けにアザートホルスは軽く頭を振った。彼女の瞳は先程よりも深く、深淵の闇のように暗く煌めいている。
「汝、名を聞いてやる。気兼ねなく名乗るが良い」
彼女の言葉にその身体はまた異質へと変わって行く。レオニネルよりも遥かに小さな少女へと姿を変えて、嘲笑ながらに応えたのだった。
「名を聞くなら先に名乗るのが筋じゃないのかい……まぁいいさ、僕の名は深紅宝石」
「あの姿……まさか、今度は食者の剣!?」
ティナはその姿を見るや声をあげると、バンシー兄妹の横たわる岩陰に目をやる。並んで気を失っている妹の姿を確認すると同時に、目の前に現れた偽者に慨然とするのだった。
「妾は大魔皇アザートホルスである。弱き者よ、存分に足掻いて見せよ」
白狼から飛び降りるアザートホルスは腰に下げた短剣を抜く。刃に浮かぶ不可思議な模様が怪しく輝いたのだった。




