Ep.17 界雷の教徒 ミナーヴァ・ネル・ミネルウァ
Ep.18は12月1日更新予定です✨
北の大国【魔法国家ネストリス】。その最西端に位置する港町に、一隻の大型船が乗り入れていた。そこは首都であるネストリアまで数百キロと離れているものの、西の玄関口として栄えた中規模都市である。
ーー生物だから慎重に扱ってくれよ。
船長と思わしき体格の良い男は、船から積み荷を降ろす商人達に向けて叫んだ。
貿易船としてはやけに重装甲な船体から幾つもの大きな箱が運び出されてくる。肉や魚、大量の野菜や果物などが詰め込まれた輸入品を求めて沢山の人々が集まっている。港は商人達の活気で溢れかえっているのであった。
ーー毎度ありがとうございます。今後とも宜しく……
商人から代金を受け取ると船長は船員達に声を掛けた。やがて全ての品の搬出を終えると、船は港を離れて行くのであった。
ーーグロワール出港だッ!
船長の声は広い海に響いた。
◆
……もう良いですかね?
……しッ! まだ気配がする
薄暗い部屋の中に、運ばれた木箱は山積みに集められている。商人達は運ばれた品々の全てを一時的に広い倉庫で保管していたのであった。
「……足音が消えた。もう出ても大丈夫だろう」
倉庫の隅に置かれた木箱がカタリと揺れる。恐る恐る開かれた蓋の隙間から、男は顔を出した。
「しばらくは戻って来ないだろ。今のうちにここから出るぞ」
男は箱を跨いで飛び出すと、出入口の扉を調べ始めた。思いのほかに重そうな木製の扉は簡単に開いた、鍵は掛けられていないようだ。
「うぇぇ……魚臭い……」
遅れて出てきた少女は白いローブを振り回しながら、顔を歪めて唸っていた。
「仕方ないだろ、何時間も魚と同じ箱の中にいたんだから……」
「荷物まで全部匂い移ってますよ……レバさんも生臭いです」
男は眉根を下げると、呆れた顔でため息をついた。
タナトスとレヴァナントはグロワールの積み荷に紛れ込む事で、無事に北の大陸まで渡っていた。ブックマン船長の提案は目論み通りに功を奏したのだ。……もっとも乗り込んだ積み荷の中身が、鮮魚を詰め込んだ箱であったのは計算外の事だった。
「ローブ脱いどけ、乾けばそのうち匂いも取れるだろ」
レヴァナントは一言で済ませると、出入口の扉を開いた。文句を垂れながらタナトスは後を追ってゆくのであった。
◆
「凄いですねぇ! 西の国とはまた違った発展ですね」
タナトスは騒がしく辺りを見回す。中規模都市と云うだけあり人口はかなりいる様で、海岸沿いの斜面には幾棟もの大きな建物が建ち並んでいる。建物は全て白い壁で塗られており、街全体が神秘的で高貴な雰囲気に包まれているようであった。
「見てください! 大きな教会が沢山ありますよ」
「北は魔法国家であり、多宗教国家でもあるからな。色んな宗派がそれぞれ教会だの聖堂だの建ててるって聞いたことがある」
2人は見慣れない街並みを眺めながら、いつの間にか賑わう市場を歩いていた。売られているのは見たこともない食材や獣など目を引くものばかりで、その度に足を止めるタナトスにレヴァナントは何度も引っ張るのであった。
ーーそこの2人、止まりなさいッ!
「え?」
市場の大通り、2人は突然後ろから呼び止められる。顔を見合わせた2人は理由が分からないといった顔で、お互い首を振っていた。
ーーキミ、その装束は……
振り返るとそこには刺股のような槍を持ち簡素な鎧を纏った数人の男達が、怪訝な顔で此方を見ていた。
男達は何事か話すと頷いて合図を取る。いつの間にか2人を取り囲んだ男達にレヴァナントが、たまらず口を開いた。
「な、なにか用ですか?」
男達は何も答えずただ槍を構えて2人を囲う。気付けば賑わう界隈の人々も、重々しい空気で2人を見据えているのであった。男達がジリジリと距離を詰め寄ってくる。
心なしか彼等の視線は黒い修道服姿のタナトスに向いているように思えた。
ーー近くの詰所まで同行願おうか
2人を囲んだ男の一人がタナトスに手を伸ばした瞬間、彼女は何かを投げつけた。ベチャリと気色の悪い音が鳴ると、男が悲鳴をあげてしゃがみこむ。男の顔にはぬるぬるとした生き物が張り付いている、タナトスが木箱からくすねていた海産物だ。
「レバさん逃げましょッ!」
「お、おうッ!」
慌てる男達の間をくぐり抜け、2人は大通りを駆け抜けていくのであった。
◆
「なんなんだよ、いきなり……」
息を切らす2人は市場を抜け、急勾配の斜面に面した住宅街まで走り抜けていた。
「ハァハァ……せっかく後で食べようと思ってたのに。私達、密航者って見た目でわかったんですかね?」
膝に手をついて苦しそうに息を切らすタナトス。
「そんな事わかるはずないだろ。それよりアイツら視線はずっとお前の事を見てた、北の国で何か悪さでもしたのか?」
彼の質問にタナトスは何度も首を振って否定したが、言われて見れば確かに男達から睨まれていた気がする。
「私だって初めて来た街ですよ! あんな人達見たことないですし……」
タナトスが全て話し終える前に、2人の視界に先程の鎧の男達と同じような格好をした人影が映る。慌てる2人すぐさま路地へと逃げ込んでいったのであった。
ーーあっちにいったぞ!
ーーあそこの角を曲がったはずだ!
レヴァナントが路地の角から注意深く辺りを見回す。鎧を纏った男達は叫び声をあげながら駆け抜けて行った。安堵した様にため息をつく彼を、タナトスは口に指を立てて手招きして呼んでいた。
「レバさん……こっち、こっち!」
レヴァナントは呼ばれるまま、身を屈めて声の方へ向かう。
タナトスはどこかの建物の扉に手を掛けていた。大きな古い鉄扉を開けると中には広々とした聖堂が広がっていて、祭壇や長椅子が幾つも並んでいたのであった。
「教会なら、さっきの人達もきっと探しには来ませんよ。少しここで休ませて貰いましょう」
走りつかれたタナトスはぐったりと床に座り込んでいる。広い教会は集会が終わったのか、がらんとした静けさだけ残る。度重なる突然の出来事から抜け出した2人は、ようやく訪れた安息に緊張が解けるのであった。
「……入信希望の方でしょうか?」
突如、背を向けていた祭壇の方から声が響いた。ビクリと反応する2人は再び訪れた緊張感に身構えた。
祭壇の奥からは現れたのは、プレートアーマーがあしらわれた白い修道服を纏う1人の女性。金色の長い髪を一つに束ねたその女性は、なぜか困ったような顔で立っていた。
「あいにくと今日は牧師が不在ですので、日を改めて頂けると幸いです。……あら? あなた、その格好……」
祭壇に立つ女性はまじまじと2人を見つめる。慌てたレヴァナントが言い訳のように口を開いたのだが、女性は次第に怪訝な表情を見せる。
祭壇に立つ彼女は聞く耳も持たずにタナトスだけを見つめていた。首からぶら下がる大ぶりな十字架のロザリオを揺らしながら、女性は2人に近付いて来た。
「そういえば、民間の警備隊から連絡があった……邪教と疑わしき2人組が街に現れたって。あなた達がそうなの?」
女性はおもむろにロザリオを首から外す、長い数珠の先で拳よりも大きな十字架が揺れた。距離を取るように後退る2人に、ジリジリと詰め寄る女性が何か呟くと稲光と轟音が聖堂に瞬いた。
「国選魔道士として見逃す事は出来ない。大人しく捕まって貰えると、嬉しいのだけれど」
女性の手から下がっていたロザリオ。長い数珠は柄と成り、大ぶりの十字架からは閃光を放つ刃が現れる。稲光の残像が消えると、女性の手には長い矛が握られていた。
「これは私の魔法【界雷の穂】。手加減はするけど、あまり得意ではないから期待はしないで」
女性は稲光を放つ矛を構えて、ゆっくりと2人に近づいて来るのであった。