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Ep.158 それは何者か

 傾き始めた陽光は機械的に作られた紫色の空に深い藍の差し色を伸ばす。不気味な色味はいつの間にか神秘的な輝きを放つ。それでも天眼(クレアボヤンス)地表では止まない悲鳴が鳴り響くのであった。


「お、お……おま、えは……」


 潰れた眼窩が再生を始めると迫り来る黒い蛇はまたその牙で肉を抉る。これまで感じたこともない程の痛みに、必死に意識を繋ぎ止める。それでも押し寄せる激痛に身体は微塵の抵抗も出来ない。


「面白い身体だ……()()()()()どうなっておるのか、少々気になってきたぞ」


 蒼白い長い髪を靡かせる女性は、悶え苦しむ騎士へと歩み寄る。真っ赤なその瞳は恍惚とした輝きで苦しむ男を見つめていたのであった。


「や……やめ……」


「ほう……まだ意識を保てるのか? ならばもう少し汝の希望に応えてやろう」


 優しい笑みで囁くと、彼女の背後に建つ不自然な巨大扉がゆっくりと動き出す。深淵の広がる扉の向こうから延びてくる大蛇達。千を越えるであろうその牙は迷うことなく騎士へと向けられてゆくのだった。


「冥道術でも祈祷術でもない……呪術の類いか? まぁ、応えずとも、その身体にじっくりと聴いてやろう……」


 ささくれ立つ肉は隙を見てすぐに再生を始めている。治る傍から破壊される身体に叫び声をあげようと何度も口を開いた。しかし、彼女はそれすらも許さないといった様子で、執拗に騎士の顔面を抉り続ける。


「汝の五月蝿い悲鳴など要らぬ。そろそろ本体を覗かせて貰おうぞ?」


 蛇は磔にされた騎士をぐるりと覆い尽くした。黒い塊へと変わるその身体にそっと手をのばす。抵抗なくその身体を貫く右手は何かを探して動き回った。


「……祈祷術、【祓手巫女(ドロウアウト)】」


 引き抜いた右手は人の型をした赤黒いナニかを掴んでいる。彼女はそれを目の前に掲げて、薄い笑みで呟くのであった。


「変わった術であるな……余興程度には楽しめたぞ?」


 顔が歪むほど不気味な笑みで、力強く右こぶしを握る。不快な音色と同時に砕け散るソレは、溶けるように地面へと飛散した。


「妾と戯れるには、力が足りなすぎたな」


 黒蛇は騎士を離すと扉の中へと消え去る。力なく地面に放り出されたその身体は、あたかも数百年もの時間が流れたかのように風化していた。


「――あの第1席が、ここまで一方的に……」


 離れた場所で見つめていたティナは小さな声を漏らす。圧倒的な強者の姿に、初めて味わう恐怖が一歩足りともその場を動けずにいた。


「……九死霊門……アザートホルス……」


 ティナの目に映る少女(タナトス)は既に人外の破壊者へと変わっていたのであった。





「さて、余興は済んだ。死魔よ、貴様の知りえる現し世の報を聞かせよ。妾の居るここは何処であるか?」


 アザートホルスは踵を返すと白狼へ問い掛けた。


『承知致しました。主様が居られるこの場所は四大国の一つ、南国(デュランドール)上空に御座います』


 緊張した様に畏まる白狼は、地面に頭を擦り付けるほど低くひれ伏して答えた。


「上空とな? この現し世の民は空にまで己の欲を伸ばしたのか。なんと浅ましい、傲慢な生物よ」


『仰る通りに御座います。主様の居られぬ間に、此の世の貧民は好き放題に欲を満たしておりました』


 溜め息のような声を漏らしアザートホルスは再び空を見上げていた。崩れ落ちそうになる足を奮い立たせ、そのやり取りを見ていたティナは口を開いた。


「あなた、タナトスの精神は消えたと言っていたわね? あなたは一体何者なの?!」


 震える声に顔を向けるアザートホルスは、珍しいものでも見るように目を細めた。ティナの問い掛けに白狼が牙を剥いて割って入る。


『下賎な人間風情が、我が主様に気安く話しかけるなッ』


 剥き出しの殺意がティナを襲う。逃げ出したい思いを必死に堪えながら、ティナはアザートホルスが応えるのを待っていたのである。


「勝手に動くなと命じた筈だが。二度も妾の手を煩わすのか?」


『は……も、申し訳御座いません』


 一喝によりひれ伏す白狼は、怯えた様に尾を丸めるのだった。アザートホルスはティナの方へと向き直すと、不適な表情で口を開く。


「妾はアザートホルス。現し世の外から出ずる存在、汝らの言葉で表すとすれば……」


少し考える素振りをしてアザートホルスは続けた。


「そうだな……神とでも称する事が的確であろうか」


 再び不気味に笑う彼女に、ティナは息を飲むように見つめたのであった。




 

 


 



 


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