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Ep.148 黒い願い事

「レイスちゃん、ここから逃げて一緒に東国(ギオジン)へ向かおう」


 タナトスは片手を銃から離すとテュポンへと差しのべた。ゆっくりと歩み寄るその姿に、何故かテュポンは後退していたのだった。


「……何故、私が退いている……? タナトス・リーパーを恐れているというの……?」


 独り言のように口を開くテュポンの表情は理解できない状況に困惑しているように映った。


「心配しなくてもいいんだよ。誰もあなたを責めたりしない、大丈夫、きっと皆喜んでくれる」


「……心配? 私が、何を……? 皆って、誰……?」


 いつの間にか力なく降ろしていた右手の呪剣が地面を擦る。手に届く感触にテュポンは視線を落とした。


「……これは」


 呪剣の刃から煙のように立ち上る黒いナニか、それは彼女の右腕に巻き付くように伸びていた。


「レヴァナントの剣が……今度は何が起こっているの?!」


「呪術が発動している、呪剣に染み込んだレバさんの思念を媒介にしているんだ。お父さんは、きっとこうなる事も想定してあの剣を渡したの……?」


 リーパー家の宝庫に長い間眠っていた呪剣【(ドーサ)の剣】。業を溜め込むその刃は使用者の思念を糧に呪術を練り上げる。レヴァナントの強い怒りや苦しみは対象へ向かい、その力を解き放つのであった。


「……これは、なんで。離れない……?」


 投げ捨てようとするテュポンの右腕は既に黒い靄に絡み付かれ、呪剣は意思を持ったように離れようとしない。頭から足元まで渦巻く靄は六芒星の形に成って漂う。


「あの術は、黒狂禁忌(ブラックリトゥアール)……どうしてレバさんがあの術を……? そうかっ、レバさんは北でアイテル姉さんが使った呪術を見てた。だからあの術とイメージ重なって発動しているんだ」


黒狂禁忌(ブラックリトゥアール)って……?」


 纏わりつく黒い靄を振り払うことに必死になるテュポンを見て、ティナは尋ねた。既に臨戦態勢を取るどころではない彼女は、右腕ごと斬り離そうと騎士剣を逆手に突き立てる。刃が肩口に刺さる前に黒い靄は鱗のように重なって騎士剣を簡単に弾いた。


「呪いの対象者が術者の定めた行動を行う限り発動し続けるの。呪いの効果は黒死の病、行動を行う限り全身を覆い尽くしてやがて死に追いやっていく。でも、レバさんはいったい何にあの呪いを掛けたの?」


 一人悶え続けるテュポンはとうとう黒蛇を背後に呼び起こしていた。自身の右腕に向かって黒蛇の牙を突き立てると、黒い靄は突然勢いをまして全身を覆い尽くすのであった。


「不死の種に呪いを掛けたんだ。レイスちゃんが黒蛇(ちから)を使う限り、黒狂禁忌はいつまでも種を呪い続ける」


 靄は黒蛇達を包み込むように絡み付くとそのまま黒い塊のようになって地面に転がり落ちたのであった。


「何が起こっている……この黒い靄、それに頭の中が霞みがかってゆく……知らない記憶……鬱陶しいッ!」


 テュポンは激昂していた。怒りがその顔を歪めると大きく息を吸い込んで目を閉じる。


「レヴァナント……バンシー? レイス、バンシー……西国のヴァルハラで暮らしていた……? 知らない……知らない、知らないっ、知らないッ、こんな記憶……私は……知らないッ!」


 テュポンは騎士剣を投げ捨てると空いた左の手を自らの胸に突き立てた。突然の出来事に二人はその様子に固まって見ていたのだった。


「鬱陶しい……全て消し飛べばいい……転生変換術(コンバートネイション)千眼反逆者(テュポエウス)ッ――」


 突き立てられた左の胸から飛び散る鮮血は黒い蛇に変わりテュポンを包み込むと、衝撃波は弾けるように辺りを揺らしたのであった。





 大気は突如として暗転した。紫色の空は瞬く間に鈍色に変わると、激しい風を吹き荒らす。


「転生変換術……なんだかわからないけれど、私達も危ないんじゃない?!」


 ティナは後方で身を潜める男達に隠れるようにと告げる。荒れ狂う大気の様子はまるで怒りを抑えられないテュポンの心情を表すようなのであった。


「ティナちゃんはおじさん達と先に逃げていて。私にはまだやることがあるから」


 タナトスは一人その嵐のような風を堪えて進むのであった。その姿に思わず声を上げてしまう。


「駄目よ、今は一緒に逃げましょう。きっとまだ機会が……」


「駄目なんだよ、今じゃなきゃ! レイスちゃんは苦しんでいる、今助けなきゃ意味ない」


 タナトスは吹き荒れる突風に片手を掲げ、轟音鳴り響く彼女へと歩みを止めなかった。


「私は、約束しているの。レバさんにレイスちゃんを任せられてるから」


 無意識に銃を握る手と反対の手は死柱の短剣へと伸びていた。片方の刃の欠けた短剣は左の腰に納めてある。右側に残る短剣は僅かに奇異な光を纏っているようにも映った。


「レバさんの願い通り……普通の女の子に戻してあげなくちゃ」


 吹き荒れる強風の中、タナトスの瞳は微動だにしない。固い意思が現れるようにその視線はテュポンから離れることはなかったのだ。





 


 



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