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Ep.147 食者と大蛇

 南国(デュランドール)遥かに上空に浮かぶ巨大要塞【天眼(クレアボヤンス)】。薄曇りの空にも関わらず、大気は熱を帯びていた。陽光に程近いその地表は1日の中で最も暑くなる刻を迎えようとしている。


「嘘よ……レヴァナントが、死んだなんて……」


 騎士剣を力なく握るティナは、あまりの出来事にそれを落としかけた。


「そんなはずないわ、だって彼は不死者のはずでしょ?! それにあの黒い蛇みたいな異能がそう簡単に敗れるはずない……そうでしょ、タナトス?!」


 言い聞かせるようにティナは叫んでいた。項垂れた頭を静かに振るタナトスは、ポツリポツリと口を開く。


「レバさんの不死は夜だけなんだよ……黒い蛇も、陽の落ちている間しか全力は発揮できないって前に言ってた……」


「そんな……」


 言葉に詰まるティナは一向に顔を上げようとしないタナトスに手を伸ばしかけて止める。大事そうにレヴァナントの銃を抱えている彼女の肩は少しだけ震えていたのだった。


「……タナトス・リーパー、貴女は殺さない。けれど、そこの騎士と脱走者達は見逃さない」


 黒色の呪剣と短い騎士剣を向けるとテュポンは目を細めて言った。身構えたティナが男達を自身の後ろへと後退させる中、小さな震える声が聞こえた。


「レバさんはずっと探していたんだよ。レイスちゃんの事が、何より大切だったから……」


「……さっきの男もしつこく言っていた。私はレイスなんて名ではない」


「レイスちゃんだよ……やっと見つけたレバさんの大切な妹なんだよ……」


 繰り返される問答にいささか嫌気が差したようにテュポンは目を細めていた。右の袖で顔を拭うタナトスは顔を上げて彼女を見据える。


「レバさんの遺体は何処にあるの? せめてちゃんと顔を見てあげて」


 タナトスの大きな瞳の周りは、ほんのりと赤くなっていた。視線を外すことのない彼女の意図がわからないのか、テュポンは殊更に眉を寄せて応えた。


「……何故、私が()()()()をしないといけないの? それにその男には二度と会えない、亡骸は既に私の(ちから)が補食したから」


「なんて事……あなた、実の兄妹の身体を食べたって言うの!?」


 ティナはあまりにも酷い事態にそれ以上言葉が出なかった。



「……私は【食者の剣イーター】。敵を補食して、私の種は強くなる」


 テュポンはしびれを切らした様に一歩前へ進む。剣を握る彼女の両手に力が入るのがわかる。


「タナトスっ、貴女も私の後ろへ――」


 危機を感じ取ったティナが叫ぶ。その声が聞こえていないはずがないタナトスは微動だにしない。それどころか胸に抱いていたレヴァナントの銃を両手で構えてテュポンに向けたのであった。


「私はレバさんに約束したんだ、レイスちゃんを助けるって……私と一緒に東国(ギオジン)に行こう、不死者を解除すればきっと元の自分の事も思い出すよ」


「……さっきからずっと、何を言っているのか理解できない。タナトス・リーパー、貴女も私と戦うつもり?」


 無謀なタナトスの行動にティナは慌てて動こうとした。しかし彼女の身体はこれまで感じたことのない、尋常ならざる圧によって動けなかった。


「な、なによ、この殺気……足が、動かな……い」


 彼女の後方で纏まる男達から悲鳴が聞こえた。恐怖のあまり恥ずかしげもなく泣き叫ぶ男達の声が耳に纏わりついて離れない。


「……これ以上、無意味な話を続けるなら始末するだけ」


 溢れだす殺気と共にテュポンの背部から巨大な黒蛇が姿を表した。先刻ティナと対峙した時よりも遥かに大きく、禍々しい殺気を放つ九つ首の大蛇は牙を剥き出し威嚇する。


「――タナトスっ!」


 銃口を向けるタナトスに狙いを定めるように、大蛇は彼女の周囲を取り囲む。


「……殺れ」


 冷たい言葉を合図に大蛇はタナトスに振り下ろされた。



◆◆



 振り下ろされた騎士剣を合図に、九つの巨大な黒蛇はタナトス目掛けて降り注いだ。衝撃によって舞い上がる瓦礫と粉塵、突風と同時に辺りは一瞬で見えなくなる。


「タナトス……!?」


 飛び散る瓦礫を剣でいなしながら、ティナは必死で彼女の名を叫び続けていた。やがて巻き上げられた土埃の目隠しが鎮まると、地面に突き立てられた黒い大蛇の姿が現れたのであった。


「そんな……彼女まで……」


 絶望が目の前を暗く塗り潰すように、黒蛇は不気味に巨体を蠢かせていた。悲しみは沸き上がる怒りに変わり、ティナは腰を据えて剣を構えたのだった。


「イーター……お前は……やはり、お前だけは絶対に許せない……!」


 圧倒的な殺気に臆していた己に恥じると、渾身の力を両足に込めた。身体の中で活性化してゆく煉気因子(クリムゾン・ギア)は、限界を超えるほど彼女の身体を駆け巡った。こみ上げる力を刃に込めるティナに、意外な言葉がそれを止めさせたのであった。


「……どうして……外れた、いや、蛇の方から避けていた……?」


 耳朶を打つ声の主は初めて表情を歪めていた。不可解、困惑、あらゆる言葉とも言い表せない顔でテュポンは黒蛇を睨んでいる。地面に突き立てた牙を外し、大蛇達は彼女の背部へとその身を引いて行くのが見えた。


「――タナトス、無事なのっ?!」


「――大丈夫っ! 私なら平気だよ!」


 退いた蛇達の牙はタナトスを避けるように地面を抉り取っている。円状にくり貫かれた中心で銃を構えたままの彼女は叫んだ。


「私をわざと避けてくれたんでしょ? レバさんと一緒で優しいね、やっぱりあなたはレイスちゃんだよ」


 タナトスは一歩前へと進む。その姿に気圧された様に後退するテュポンなのであった。

 




 

 

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