Ep.143 地下通路の中
大聖堂の地下に広がる空間は迷路のように要り組んでいた。出口を探すタナトスとティナの二人は足元を照らす僅かな照明を頼りに進む。薄暗い地下には目印になるようなモノは見当たらず、幾度も同じ道を要ったり着たりと彷徨うのであった。
「タナトス、大丈夫? いったいどうゆう造りになってるの……」
「う、うん、私なら平気だよ。いくら進んでもまた戻ってきちゃうね」
薄闇は二人をどれだけの時間歩み進めたのかもわからなくしていた。疲労感が襲うタナトスを気遣うように、ティナは声をかけながら先行する。
「この通路の幅といい、何かを運搬する為に造られてると思うのだけど……きっと何処かで地上に繋がっているはず」
ティナは自身に言い聞かせるよう独り言ちた。少しずつ息があがっているタナトスは言葉なく頷いて見せる。心配そうに振り返るティナがまた声を掛けようとした時、大きな振動が地下通路揺らしたのだった。
「――な、何っ?!」
二人は思わず足を止める。突然の激しい揺れにタナトスは壁に手をつこうと伸ばした。
「うわっ!」
手をついた途端に通路の壁は沈み込む。思いもよらない状況にタナトスの身体はそのまま壁の向こうになだれ込むのだった。
「タナトス?!」
慌てるティナは後を追うように壁に開いた空間に飛び込んでいった。
◆
「いててっ……」
勢いのまま投げ出されたタナトスは頭をおさえながら身体を起こした。顔を上げて辺りを見渡す。先程までと殆ど変わらない、薄暗い通路の真ん中で座り込んでいたのであった。
「大丈夫? こんな所に隠し扉があるなんて……」
遅れて壁をくぐり抜けたティナは、座り込むタナトスに手を差しのべた。彼女の手を取るタナトスは何かを見つけて口を開く。
「見てっ! あっちの方なんだか少しだけ明るいよ」
「本当ね、外に出られる出口かもしれない。行ってみましょう」
二人は僅かに溢れる光源を頼りに通路を歩きだした。近付くにつれ明るさを益してゆくと、地下通路の内壁はぼんやりと見え始めたのだった。
「この模様って……」
タナトスは壁面に触れて呟いた。
「知っているの?」
「北のお城の中にもこんな感じの模様が彫られてた。きっと何かの意味があるんじゃないかな」
壁は波状や菱紋のような奇怪な模様でびっしりと埋め尽くされていた。異様な模様が続く内壁にティナは少し表情を曇らせたのだった。
「天眼は北の魔法の力で浮かんでいるって師匠は言っていたけれど……この地下通路の魔方陣は何か別の目的で刻まれているように見えるわね」
壁際を進む二人はほどなくして明かりの溢れる場所へとたどり着いた。離れていた時にはわからなかったが、光は僅かに開いかれた扉から伸びている。慎重に隙間を覗き込む二人は、煌々と照明の焚かれた扉の向こうを見て息を呑んだのであった。
「……なによ、これ」
ティナは思わず小さく漏らした。開けた空間に規則正しく並べられた複数の水槽、赤黒い液体で満たされていて何が入っているのかもわからない。それでも壁に飛び散る飛沫の跡から、液体が何かは想像がついた。
「……誰もいないみたいだよ」
タナトスはそっと顔を扉の向こうに伸ばす。物音一つしない部屋の中に二人は恐る恐る足を踏み入れるのだった。
「ティナちゃん、見て!」
「これは……生きているの……?」
赤黒い液体の中で蠢く何かは、脈動のようにリズムを打っている。禍々しいそれらは共鳴するように動き出した。
「――ッ?! 誰かいる!」
衣擦れのような音に気がついたティナは騎士剣に手を掛ける。
『――ヒ、ヒィィ……』
短い呻き声に遅れて、水槽の陰から数人の男達が両手を上げて二人の前に現れたのであった。