Ep.141. 首謀者対間者
「――今度はいったい何が来やがったんだ?!」
上空に漂う黒炎はガルゥーダの放つ光の礫を打ち消すように燃え上がる。声の聞こえた方向へ振り返るレヴァナントの視界は、一人佇む騎士を捉えたのだった。
「【天命騎士】ブレイズ……まさか騎士総長である一席が南国の中央指令を壊滅させた首謀者だったとは。嫌な予想と言うのは当たってしまうモノですね」
悠然と外套を翻す薄紅髪の細身の男は、柔和なその表情にはにつかない鋭い眼光でガルゥーダを睨む。薄ら笑うようにガルゥーダも男に向けて口を開く。
「首謀者とは酷い謂れだな、十三席【遊撃の刃】ロセウム。僕は常に騎士の使命に基づいて行動している。それに北国と内通している間者の君が言える立場ではないだろう?」
互いを嘲笑う二人の様子にレヴァナントは思わず足を止めていた。
「十三席……あの騎士、北の協力者……?」
痩身の騎士は両の腰に下げた騎士剣に手を掛けると、一瞬視線をレヴァナントの方に向けて微笑みを見せた。
「初めまして、レヴァナント・バンシー君。君の事はスルト様から聞いているよ」
「スルト……? 五賢人の……あの黒炎のおっさんか?!」
柔和な表情とは裏腹に、ロセウムは右手に掴んだ剣の切っ先をレヴァナントに向けて続けた。
「君の異能は北国としても見逃すわけにはいかない。今は味方ではないとだけ言っておくよ」
レヴァナントは意図せず足を止めた。腹部に走る鈍痛を耐え、滲む不快な汗を片手で拭う。
「痛ッ……やっぱりそうなるよな。北も信用出来る奴だけじゃねぇってことかよ」
妹の身体を抱え直すと、レヴァナントは左手を銃に伸ばした。
◆
「単身この天眼に乗り込んで来るなんて、北は随分とキミに期待しているようだね」
光輝く両羽を広げてガルゥーダは一歩前に進む。
「そうでもありませんよ、僕はあくまでも潜入の任を指示されただけ。ここから先は個人的な興味の範疇です」
両手に握りしめた騎士剣を交差する様に動かすロセウム。二本の刃は黒と白の焔に包まれてゆく。
「なるほど……北の魔法と南の騎士剣を組み合わせたか、果たしてそれがこの第一席に通用するだろうか?」
「さぁ、どうでしょうね? それは試してみない事には解りませんよ」
先に動いたのは十三席の方だった。右手の黒炎を纏う剣を振りかざし、左の白炎を猛々しく燃やす刃の切っ先をガルゥーダに向ける。
「黒炎の魔法使いか……芸がないな」
猛進する彼の初撃を軽々と躱したガルゥーダは、再び光の礫をロセウムに向けて放つ。
「――お互い様では? その技は僕には通用しない」
黒炎は降り注ぐ礫を焼き付くす。余裕の笑みを浮かべながらロセウムの白炎の刃がガルゥーダを穿った。
「なるほど、黒炎は広範囲の盾か……それなら白炎はどんな細工があるのかな?」
完全に捉えたと思えた左手の騎士剣を片方の翼で受け止める。ガルゥーダも同じように薄い笑みを浮かべながら、腰に下げた騎士剣を抜き放つ。衝撃が遅れて辺りを砂埃で覆い尽くすのだった。
◆
「――ッ!?」
「解せないと言った表情ですね。特別に教えて差し上げますよ……白炎は近距離専用、圧縮した炎の集合体」
ガルゥーダの放った黄金の騎士剣は、ロセウムの白炎に触れた瞬間大きな衝撃に弾き飛ばされる。榴弾の爆発のような激しい炎が辺りを包み、煙の中から煤にまみれたガルゥーダが後退するのだった。
「なるほど……白炎の方は触れただけで爆ぜる程の高密度な魔法か。面白い、北の魔導士の戦いとやらを御教授願おうじゃないか」
常識を越えた大爆発にも関わらず、ガルゥーダは傷一つないと両腕を開いて見せる。
「流石は南国の第一席……いや、正体は化物と言ったところですか」
ロセウムも再び二刀の刃を構える。激突する二人の様子に暫し足を止めていたレヴァナントの頬に、衝撃で飛ばされた瓦礫の一欠片が掠める。
「あのオルクスでも敵わなかった野郎と真っ正面でやり合ってやがる、あの十三席って野郎も只者じゃねぇな。いや……今、奴らが潰しあってる間がチャンスじゃないか……?」
レヴァナントは警戒を払いながらも、聖骨大聖堂までの戻る道を確認する。
「……タナトス達と落ち合って飛空艇でこの場を離脱する、東国にさえ辿り着ければレイスの種は祈祷士が解除してくれる」
幾度となくぶつかり合う二人の騎士剣が鈍くも甲高い悲鳴を響かせる。その攻防に生まれる注意の散漫、レヴァナントはその一つに狙いをつけると駆け出したのだった。
◆◆
「上手く行けば同士討ち、俺達はその隙にここを出て――」
駆け出したレヴァナントは二人を背にして自らに言い聞かせるように溢していた。離れてゆく衝撃音を背にしながら、必死で足を動かす。
「レイスッ、待ってろ、お前は必ず俺が――」
ガルゥーダの翼で大聖堂からはかなりの距離を駆けてきた。しかし目印になるモノを注意深く見据えていたレヴァナントには、その帰り道はイメージ出来ていたのである。
「――ハァッ、ハァッ、このまま、飛空艇まで引き返せば……」
疲労と痛みで身体が悲鳴を上げているのがわかる。それでも右腕で抱えた妹を必死に放しまいと、決して足は止めない。
「もう少し……もう少しだッ……」
行く手を邪魔するように散らばる瓦礫に足を取られながらも進む。紫色の煙の向こうに朧気に霞む巨大な建物が目に映ると、レヴァナントは歯を食い縛り駆ける。
「――なッ……?」
突然目の前が土煙に覆い尽くされる。鈍い痛みが全身を巡り、天地が返るような浮遊感に襲われた。目前にあるはずの大聖堂は消え失せている、あるのは崩れた瓦礫と煤けた地面。自身が倒れた事に気がつくまで、ほんの僅かな時間困惑した。
「――なんッ……痛ッ、が、がハァ……」
ようやく理解できた時、身体を襲う大きな痛みの場所がわかる。這いつくばったまま左の胸に手をやると、生暖かいナニかに触れた。ヌルりと手を伝う感覚と、冷たくなってゆく両足。煤けた地面に頬を擦りながら顔を上げると、視界がどんどん霞始めるていた。
『……賊の無力化を確認』
冷たい声が耳朶を打つ。もっとも聞きたいと願っていたはずのその声は、悶え這いつくばるレヴァナントを見下ろすように聞こえた。
「レ……イス……なんで……だ……よ……」
意識を取り戻した彼女は、レヴァナントの左胸を貫いていた。短剣のように小さな刃の騎士剣に、赤い雫が彼の目の前で滴り落ちるのであった。




