Ep.15 呪士の教え
Ep.16は11月24日更新予定です!
夜の闇の中、漆黒に塗り潰された海は巻き上がる爆炎で激しく照らされた。穏やかだった海面は爆発の衝撃によって波立ち、まるで荒れ狂う巨大な海獣のように辺りを飲み込んでゆく。
「ーー船長、今だ!」
僅かに崩れた五隻の陣形をレヴァナントは見逃さなかった。合図と共に装甲船グロワールの中央から、小型の戦闘艇が発射される。中央砲台を取り外して造った即席のカタパルトは、小型船を打ち出すと異音を響かせて煙をあげたのであった。
「ーータナトス、振り落とされるなよ! 」
「すごいッーー、空飛んでますよ! 」
レヴァナントとタナトスを乗せた小型戦闘艇は夜空を裂いて一直線に打ち出された。僅か数秒後に着水、激しい衝撃が船体を大きく揺らした。
「敵陣ど真ん中だな……」
レヴァナントは警戒しながら辺りを覗き見る。五隻の海賊船が航行を続ける五角形の中央に、2人を乗せた戦闘艇は浮かんでいたのであった。
五隻の海賊船が作り出している魔法陣の外側では、今も激しい銃撃戦が続いているのが見てとれる。
「気づかれるのは時間の問題だ。このまま俺が何処かの船に侵入して、舵を奪えば不可視の防壁は崩せる。あとは船長達がグロワールで圧倒してくれるはず」
装備を確かめようと立ち上がるレヴァナントに、彼女はいつもの笑みを浮かべて差し出してきた。
「巨大な海獣の密猟船なんですよ? 乗組員だってかなりいるはずです。ここは呪術で一発撃破の方が得策ですよ!」
彼女は赤黒い液体入りの小瓶を差し出す。思い出すだけで吐き気のするソレを、受け取る気にならないレヴァナントは首を横に振って拒んだのであった。
「無理に呪術使わなくてもいいだろ……それに、このまま囲まれてたらいずれーー」
レヴァナントが言いかけた瞬間、船体に弾いた金属音が響く。乾いた発砲音に遅れて、弾かれた弾丸が船艇を叩きつける。
後方を航行する海賊船が2人の乗り込む戦闘艇に気付き、発砲していたのであった。
2人すぐに身を屈めて船体に隠れた。
「この魔法陣の中では向こうも大きな爆薬は使えません、だからこそチャンスなんです。この中なら、海の生物達にも影響は少ないですし……」
タナトスが立ち上がって話始めた刹那、彼女の頬を銃弾が霞めた。一筋の赤い雫が頬から流れる。
慌てたレヴァナントはすぐに彼女を屈ませようと動いた。
「ーー大丈夫かッ?! 」
彼女は片手で頬を拭うと、心配するレヴァナントの手を振りほどいて再び立ち上がった。
「危ないって言っ……」
「大丈夫です。ここで死んだら、それまでの命なだけなので」
銃撃が続く中、再び立ち上がる彼女はレヴァナントの言葉を遮った。口元は笑みを浮かべているがいつもの笑顔ではない、どこか冷たい目をした彼女は続ける。
「他者に呪いを掛ける呪士は、同じように他者から狙われる事も受け入れなければなりません。小さい頃から私もそう教わってきました。だから、どこで死ぬ事になっても受け入れる覚悟があります」
頬の傷口から再び血が流れた。
「でも、もし本当に死んだら、私の命で七死霊門を開きますけどね」
彼女はいつもの無垢な笑顔で呟いた。レヴァナントはそんな彼女に声も掛ける事も出来ないでいた。何処か欠落した彼女に、レヴァナントはこみ上げる感情を噛み殺しながら立ち上がるのであった。
「……呪士ってのは、本当にどうかしてる」
そう言ってレヴァナントは、差し出された小瓶を受け取った。
◆
「呪術が発動したら引き上げてくれよ」
身体にロープを巻き付けたレヴァナントは、反対側を船体にキツく結ぶ。銃弾の雨はさらに激しくなり、囲んだ海賊船からは身を乗り出した乗組員が何十人と見える。
「これを海底に置いてきて下さい!」
タナトスが死柱と呼ぶ二本の黒い棒を渡される。一息に小瓶の中身を飲み干したレヴァナントは無言で頷き、目一杯に息を吐ききった。肺の中すべてを吐き出すと、漆黒の海に飛び込むのであった。
冷たい海中はどこまでも真っ暗闇に続く。息を全て吐ききったレヴァナントは、潜水からすぐに苦しみの表情に浮かべていた。
見えない海底に向かい潜水し続ける彼の身体は1分と持たず限界を迎え、両手に持っていた棒がスルリと抜け落ちた。暗い海底に沈んでゆく死柱を霞む視界に見送るとレヴァナントの意識は消え去った。
「七死霊門、水禍門開きます!」
戦闘艇の上でタナトスは叫ぶと、すぐにロープを引っ張る。深い暗闇の海底が怪しげに赤く発光してゆく。不死の力で意識が戻ったレヴァナントの視界に、横長な水門のような扉が映る。海上から引かれるロープに気が付くと、必死で上へと泳いだのであった。
「ゲホッ……ゲェッ……ハァハァ……」
引き上げられたレヴァナントは大の字で船体に寝転んだ。引き上げたタナトスも疲れたように座り込んで息をあげている。
「ハァハァ……呪術は、発動したのか……」
荒い呼吸を整えながら尋ねると、満面の笑みで彼女は頷いた。
「バッチリですよ! フルパワーで開きました」
そう言ってタナトスは海賊船を指差す。彼女に支えられて起き上がるレヴァナントは五隻の船を見渡した。船上では何かが起こっているらしく、乗組員達の叫ぶ声が聞こえてくる。
「今、海賊船では水法師が暴れています。水難の亡者である彼等に触れられた生き物は、全身の水分を吹き出して萎み死にます」
海面から何人もの青白い人影が海賊船によじ登っているのが見える。悲鳴が飛び交う船から次々と乗組員達が飛び降りてゆくのが見えた。
「水辺で開いた水禍門はここから更に怨霊が現れますよ!」
タナトスは空を指差した。星が輝く夜の空に、何かが動いている。五隻の海賊船を囲うように空中を廻る巨大な影は、徐々にその姿を表していた。
「……骨だけの……海獣?」
レヴァナントの視界に、空中に浮かんだ二匹の巨大な海獣が映りこむ。海賊船が作り出した魔法陣の中を円を描くように飛び回っている。
「あれは化鯨です。捉えた獲物を逃がさないよう、ああやって周りを飛び回るんです」
化鯨と呼ばれる骨だけの海獣は次第にスピードをまして飛び回る。いつのまにか海面を揺らす大きな渦が出来上がっていた。
「……おい、なにか、凄く嫌な予感がするんだが」
レヴァナントはひきつる顔でタナトスに尋ねた。横目で見た彼女は、明らかにウキウキと何かを待っている。
「現れますよ! 水禍門、最大の怨霊【カリュブデス】」
タナトスはいっそう楽しそうな声をあげたのであった。化鯨が作り出した渦は次第に速度をあげ、たちまちに巨大な渦潮となってゆく。
「これ絶対、ヤバいだろーー」
2人の乗る小型の戦闘艇も渦潮の中央で高波に揺られながら廻っている。海賊船からも叫び声が響き渡っている。
「ーー来ますッ!」
タナトスの声と共に突き上げるような衝撃が海底から吹き上げたのであった。