Ep.139 生の意識
騒然としていた大聖堂前の荒野はいつの間にか静寂を取り戻していた。山積みの瓦礫の一部が僅かに動く。一斉に崩れたその中から這いずり出る男は、立ち上がると軽く頭を振った。
「痛ッ……アイツ……いくらなんでも加減しろよな」
鈍い痛みが走る腹部を押さえながら、レヴァナントは静まり返る辺りを確認する。二人の姿は何処にも見当たらない。目論み通り上手く大聖堂まで辿り着いたのだと、一先ず安堵の溜め息を漏らした。
「テュホニウス、剛剣騎士は始末したのですか?」
わざとらしく尋ねてきたその声に、僅かに身体は緊張する。レヴァナントは平静を繕いながら、いつものように悪態で答えた。
「逃げられた。生身で相手できるほどティナは甘くねぇ」
そう言って両手を開いて見せると、身体中に刻まれた裂傷にレヴァナントは顔を歪めたのであった。
「そういえば、今のキミは不死の身体ではなかったね」
無傷のガルゥーダは芝居染みた仕草でわざと驚いて見せる。アーレウスとオルクスという強敵と対峙した筈のその男は、何事もなかったかのように涼しい顔で微笑んでいた。
「さて、地下に逃げた二人は後にして我々は剛剣騎士の方を追うとしよう。一度大聖堂に戻って居場所を探そうか」
ガルゥーダの提案に緊張が走る。
「ちょっと待ってくれ、俺はその前にレイスの安否を確かめたい。手を貸すのは妹の無事が解ってからだ、お前が本当に信用できるかはそこで決める」
「……それもそうだね。わかった、テュポン……いや、レイス・バンシーの所へ向かうとしよう」
背中を伝う不快な汗、レヴァナントは冷静を装った風に頷いたのだった。
◆
ガルゥーダは周囲の空を見回して何かを確かめると、レヴァナントの前に片手を伸ばして口を開いた。
「僕の手に取るといい。彼女の居るところまでなら、すぐに着けるさ」
「はぁ……? 何でお前の手を握らなきゃなんねぇんだよ」
思いもよらないガルゥーダの提案にレヴァナントは訝しげな表情で吐き捨てる。微笑を浮かべたガルゥーダが両手を開くと彼の背に猛禽を思わせる巨大な翼が現れた。黄金に輝く羽をはためかせ軽々と浮いて見せるガルゥーダは、またわざとらしい軽口で囁く。
「それとも抱き抱えた方が宜しいかい?」
不死者の奥の手であるはずの転生変換術を意図も容易く披露する彼の姿に、レヴァナントは警戒しながらも皮肉そうに返した。
「絶対にご免だ……仕方ねぇ」
レヴァナントが彼の手を取ると、輝く両翼は大きく羽ばたいた。
「少し翔ばそうか、しっかり掴んでいてくれ」
急上昇するガルゥーダはレヴァナントをぶら下げたまま速度を上げて飛び立った。猛烈な風圧に目を開けられないレヴァナントは、脇腹を抉る痛みに耐えながら必死にその手にしがみつくのだった。
◆◆
上空から見える天眼の景色は、地上から見ていたよりも遥かに壮絶なものであった。飛空艇で見下ろすよりもハッキリと見える瓦礫だらけの荒野には、至る所で騎士がその剣を振るっている。複数の鎧達に囲まれ絶望する者、致命傷を浴びて尚も必死に戦い続ける者。目を覆いたくなる様な光景は、まるで世界大戦の末期の様であった。
「ブレイズ、いや、ガルゥーダと呼んだ方がいいのか?」
「どちらでも構わないさ。キミは僕の同志になる仲間、気軽に呼んでくれ」
風切り音を目を細目ながらレヴァナントは尋ねる。
「お前が操っている鎧の不死者、なぜ奴等には不死を阻害する毒が効いていないんだ」
ガルゥーダは鼻で嗤うように息を漏らして答えた。
「キミは二つ勘違いをしている。まず、アレを動かしてるのは僕ではない。麻痺毒の効果が無いのは彼等は不死ではないからさ」
「不死じゃない? 元に殺られてもすぐ起き上がって動いてるじゃねぇか」
レヴァナントは視線を地上に向けて呟く。交戦する騎士の刃が切り裂くのが見える。首を跳ねられた鎧の体は何事もないかのように立ち上がり、再び騎士を狙い襲いかかっていた。
「不死者は生という明確な意識を持っている。あの鎧達にはそれがないのさ。ただ命令のままに行動しているだけ、人形と変わらない」
「鎧……じゃあ、それを操ってんのは一体誰なんだ」
ガルゥーダは何も答えず先を見ていた。怪訝に彼を見るレヴァナントは、その視線を同じくして目を細めた。
「あれは――!」
煙を上げて燃え盛る大聖堂の近くでうずくまる人影が目に飛び込んでいた。レヴァナントは思わず叫んでいた。
「思った通りテュポンには麻痺毒が効いてしまったようだ。まだ傷が回復しきれていない」
近付くにつれてハッキリとわかる。記憶の中よりも成長した妹の姿に、レヴァナントの気持ちは逸るのであった。