Ep.14 不可視の防壁
Ep.15は11月22日更新予定です。
「お前なぁッ……わかってんのか?! 北の海さえ越えればこっちのもんなんだよ。なんでわざわざめんどくさい事に首ッ込む必要がある? 争いのどさくさに紛れて、俺達は北へむかえばすむことだろう!?」
装甲船グロワールから出た後、船長と別れた2人は海辺を歩いていた。レヴァナントは押し込めていた鬱憤を吐き出すように、彼女にぶつけたのであった。
「でも、レバさんの不死を解くまでは私の修行に協力するっていいましたよね? どのみち海賊さん達を追い払わないと北の大国には行けませんよ?」
タナトスの言葉にぐうの音も上がらないのだった。レヴァナントは歯ぎしりしながら、ほくそ笑む彼女を恨めしそうな目で睨んでいた。しばらくして、観念したのかレヴァナントはため息ながら口を開いた。
「……それで、どうやってあの魔法を突破する?」
困ったように、眉を下げてむくれる彼女を見ながらレヴァナントは呟いた。
「あの魔法陣の中にさえ入れれば、あとは七死霊門でなんとか出来るんですけどね」
海賊船は五隻で一つの魔法陣を作り上げていた。五隻が常に等間隔で航行する限り、不可視の防壁は破れない。
「あいつらが等間隔で航行するのはその魔法陣を作る為なんだよな? それなら奴等の航行の邪魔をすれば、不可視の防壁は破れるんじゃないか」
簡単にいい放つとレヴァナントは、海岸の石ころを一つ拾い上げる。そのまま海に向かって軽く投げた。投げ込まれた石はポチャンと、僅かな音と水しぶきを上げて沈んでゆく。
「そこなんですよねぇ。でも、さっき見た限りでは波しぶきすらも弾いてましたからね」
タナトスは遠くの海面に輝く夕陽を見つめながら、再び唸り声をあげていた。気がつけば夜がすぐそばまで迫ってきている。
前回の応戦から数える事二週間余り、ブックマン船長の話によれば海賊達はいつまた密漁に来てもおかしくないと言っていた。
日の沈みゆく海は穏やかに揺れている。2人はただオレンジ色に染まりゆく海原を見つめていた。さざ波に交ざって時折大きな波が岩場に打ち付けると、飛び出した岩壁に当たった波は小さな渦を作って消えていく。
「……これだ」
突然呟いたレヴァナントは辺りの海を見回す。タナトスは何度も尋ねたが、彼は何も応えずただ海を見渡して何かブツブツと呟いていた。
「レバさん、何か思いついたんですか? 私にも教えてくださいよ!」
タナトスは彼の腕を引っ張りながらわめいた。
「まぁ、任せとけって。上手くいけば、あの装甲船だけで海賊達を一掃できるかもしれない」
何か企む様な笑みを浮かべたレヴァナントは、再び装甲船へと向かって走り出したのであった。
◆
再びグロワールに戻ったレヴァナントすぐに船長に乗組員を集めるよう頼んだ。突然の彼の提案にブックマン船長は訳もわからず、言われた通り皆を集める。遅れて到着したタナトスも数十人の乗組員の中に加わると、彼と船長のやり取りを離れて見ていたのであった。
「とにかく、ありったけの爆薬を集めてください。あと、浮きと小舟と……」
レヴァナントは船長に何かの作戦を伝えると、幾つかの品を集めてほしいと頼んでいた。初めは怪訝そうに首を傾げていたブックマン船長も、いつの間にか彼の話を聞いて奮い立ったように皆に指示を出すのであった。
「バンシー、まったくお前はとんでもない作戦を企てるな。命しらずな戦い方は昔から変わっていない」
皮肉めいた船長の言葉にレヴァナントは苦笑いで応える。彼は不死身について当時、軍の関係者には秘密にしていた。
慌てた足音が聞こえたかとおもうと、唐突に開いた扉から一人の乗組員が声を荒げた__
ーー船長ッ、報告します!北西175海里の海域に複数の不審な船をレーダーが捉えました!
レヴァナントと船長は頷くと、すぐに準備に取りかかった。乗組員達も指示を受けて動き始める。
「私にもわかるように説明してくださいよぉ」
すっかり置き去りのタナトスだけ地団駄を踏んでいたのであった。
◆
指令室での計画の後、3時間が過ぎようとしていた。辺りはすっかり日が落ちて、夜の海は果てまでも深い黒で塗り潰されている。
「あと10分もしないうちに海賊船は目視できる範囲に入るはずだ。あとは手筈通り仕掛けに着火次第、全速前進だ。野郎共、気合い入れろよッ!」
船首に立つブックマン船長は高らかに声を張り上げる。応えるように野太い男達の声が幾重に重なって轟いた。
夜になっても海は穏やかに流れ、あとほんの数分後に戦火が上がる事などとても想像出来ない。タナトスとレヴァナントの2人も甲板から揺れる黒波を眺めていた。
ーー3時の方向、海賊船を捉えましたッ!
「総員持ち場につけ! 面舵をとれ!」
ブックマン船長の掛け声に一斉に乗組員達は走り出した。右側の遠い海上に幾つか浮かぶ小さな灯り、北の海賊船は例の陣形を作りながら向かってきている。
「仕掛けに火を放てッ!」
装甲船グロワールを挟むようハの字配置された浮き爆薬に火を放つと、火は瞬く間に繋げられた爆薬に引火してゆく。真っ暗闇の海上に火の橋が掛かると次々に火柱が上がり、次いで轟音と共に爆発してゆく。爆破によって巻き上げられた高波は波状にまっすぐ海賊船へと延びていった。
「全速前進ッ!」
船長の合図でグロワールは最大速度で爆発の中を進む、両側からの爆風と高波に大きく揺れながらも海賊船目掛けて進んでゆくのであった。
突然の襲撃にも関わらず五隻の海賊船は悠々と航行を続けている。よほど魔法兵器【リフレクション】の防御に自信があるのか、五隻は陣形を保ったまま向かってくる装甲船待ち構えていた。
速度をあげるグロワールは爆発の大波を引き連れて進んでゆく。海賊船の不可視の防壁が張られた海域まであと僅かというところまで迫ってきていた。
「船長、今だ!」
レヴァナントが叫ぶと装甲船は急ブレーキをかけた。船体が大きく横向きになると、煽られた大波が海賊船目掛けて巻き上がる。それと同時にグロワールの左右で巻き上げられていた高波が船体の横を通り抜け、辺りの海面は津波のように荒ぶったのであった。
三つの大波が前進する海賊船の波とぶつかる、巻き上げられたしぶきは防壁に阻まれた。しかし、僅かに五隻の船はバランスを崩して波に揺られた。
ーーなんだッ?! この揺れはッ!?
海賊船から騒ぐ声が聞こえた。
五隻の海賊船の中央に僅かに渦が発生していた。ぶつかりあう波は、水面下で渦潮のように海底を揺らしていたのである。
海賊船は陣形を崩して激しい波に揺られた。
ブックマン船長の怒号が響く。グロワールの中央に備えられた巨大なカタパルトから何かが発射された。
「総員、砲撃開始!」
装甲船の砲弾は嵐のように飛び交う。
闇夜が白く明けるほど激しい砲撃が続く。
「撃ち方止め!」
船長の合図で砲撃が止まると白煙が辺りを包み込んでいた。海賊の魔法陣は完璧に崩れていた、今度こそ砲撃で仕留めたはず。グロワールの船員達は声を上げて勝利の歓喜をあげようとしていた……
「なんだと……」
白煙の奥から表れた海賊船は、まったくの無傷で航行を続けていたのであった。僅かに破れた陣営をすぐに建て直し、間一髪のタイミングでグロワールの砲撃を防いでいたのだ。
「クソッ、これでも駄目なのか……」
一人の船員が拳で砲台を叩きながら嘆いた。甲板で見つめていた乗組員達は、悔しそうにその場に座り込んでしまったのであった。
海賊船は以前航行を止めず、五隻は完璧な陣形を保っていた。装甲船の目の前を通り抜ける僅かな隙間。船長の視界には【リフレクション】の内部に侵入した小さな船が映っていた。
防壁が崩れたわずかな時間の中で、タナトスとレヴァナントを乗せた小舟をカタパルトから発射していたのだった。
ブックマン船長は目を細め、海賊船を見据えて呟いた。
「……あとは頼んだぞ、バンシー」