Ep.127 南の支配者
「不死の種が天眼で作られていただと……? それは本当なのか?!」
レヴァナントは思わず後ろに振り向いた。
「うわぁっ、レバさん前、前っ!」
大きく揺れた機体にタナトスが騒ぐ。慌てて操縦桿に意識を戻すと、安定する飛空艇にホッと息をついた。
「ふぅ、あぶねぇ……ってそれより、さっきの話しは本当なのか?!」
レヴァナントの問いかけに、鼻を鳴らして応えるオルクスは不愉快そうに外を眺めていた。
「頼む、教えてくれ! 南と終焉王は繋がっているのか?! この国は何をしようとしている!?」
「チッ……うるせぇな、一度に喋んな」
酷く億劫そうにオルクスは吐き捨てる。彼が素直に情報を語るとは思えない。それでも今、目の前にいるこの男は全てを知っているとレヴァナントは確信して尋ねていた。
「簡単に話してくれるとは思っちゃいない。だが無理を承知で頼む、代わりに俺達が話せる事なら何でも話す。だからッ――」
レヴァナントは前を向いたまま何度も頭を下げた。仏頂面の男に何度も振り返り目をやるタナトス。懇願は一方通行のまま暫く続くのであった。
「てめぇから聞きたい事なんざ、一つもねぇよ……終焉王が種を作り始めたのは大戦が終わってからだ。それまで天眼は南国の中央指令どもが管理していた」
それまで黙っていたオルクスは、どうゆう理由か突然語り始めた。
「この国の騎士どもは未だに中央指令なんてものが存在していると信じ込まされてるが、アーレウスがクーデターを起こしてからずっとこの場所は終焉王の手の者によって掌握されている」
「ちょっと待てよ、それじゃあ騎士達は存在しない国の指導者に従ってるって事なのか?」
信じがたい真実にレヴァナント驚いて声をあげる。オルクスは応えることなくただ淡々と語り続けた。
「不死の種を増産する終焉王は、天眼を側近に管理させた。それがガルゥーダだ。実質的な南国の統治は奴が裏で動かしている」
「ガルゥーダ、さっき言っていた裏切り者か……何故そいつは終焉王を裏切ったんだ?」
「知るか。奴はもともと終焉王の右腕、種の生成の要を取り仕切っていた。だが奴は突然全てを自分のモノにした。わざわざおあつらえ向きな結界なんてものまで天眼に仕掛けやがって……癇に触る糞野郎が」
「結界……だから変わった空の色なんだ」
タナトスは先程より一層深まる紫色の空を見て呟く。故郷の東国に似たこの空模様に、彼女はずっと引っ掛かっていたのである。
「そのガルゥーダって奴は何が目的で終焉王を裏切ったんだよ」
「フン……奴の理由なんてどうでもいい。俺はただ、調子にのって国を牛耳る糞野郎を潰しに来ただけだ」
吐き捨てるように言い終えるとオルクスは再び黙る。北国を襲撃した理由を思い出すレヴァナントは、天眼へ現れた彼の心境を少しだけ納得したのであった。
「正直少し意外だな、オルクスがここまで話してくれるとは思わなかったよ」
「黙れ。俺は雑魚に借りを作りたくないだけだ」
オルクスはまた苛立ったように険しく外を睨む。
◆
「見て! さっきの大聖堂よりもおっきいよ」
遠くにうっすらと浮かぶ建造物の影が見えるとタナトスは声を上げた。
「この辺りもだいぶ滅茶苦茶だな……これもガルゥーダって奴がやったのか? なんでわざわざ天眼を破壊する必要が……」
レヴァナントは眼下に広がる瓦礫に目を落とす。
「フン……どうでもいいからもっと速く飛ばせ」
オルクスは眉間に皺を寄せて目を瞑っている。
瓦礫に合間に見つけた平地に飛空艇を着陸させると、三人は巨大な大聖堂を望む。荒れ果ててはいるものの、建物の外郭はしっかりと残されている。
「これが聖骨大聖堂か、随分仰々しい見た目だな。大聖堂というより、これじゃあ要塞じゃねぇか」
レヴァナントは見上げると、その大きさに驚いて呟いた。先程の聖血よりも遥かに巨大な建造物。近付いてみるとあちこち朽ちかけてはいるものの、頑丈な門は全てを拒絶するかのように静かに佇んでいた。
「本当にここにいるのかよ……見たところ、誰かいるような気配なんて――」
辺りに奇妙な空気が流れた。気がつくと空には深紅が所々で雲のように広がり始めている。
「……糞野郎が歓迎しているらしいな」
大聖堂の扉は独りでに動く。暗闇から何者が進んでくるのが見える。
「アイツが、ガルゥーダ……?」
薄暗い大聖堂の中なら現れた人物は、鳥人のような兜で顔はわからない。
「歓迎しよう。ようこそ、侵入者の客人達」
ガルゥーダと思わしき鎧騎士は不気味な声色で語りかけるのであった。