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Ep.125  継がれる剛剣

 紫色の濁った空に冴え渡るような鮮血が撒き散らされる。黒色の騎士服を纏ったまだ年端もいかない見た目の少女、その左胸を三度の刃が肉を抉る。奇妙な事にその顔には一変の揺るぎもない。それでも命は確実に削り減っていたのである。


「詫びはしない。微塵の慈悲など掛けるものか……私は、お前を殺すッ」


 ティナの握り締めた独特の刃はイーターの傷口を抉り取るように動く。その目に一切の迷いもない彼女は、我を忘れたように刺突剣を何度も突き刺した。


「油断するな。奴も不死身の可能性がある、攻撃の手を抜くな」


 彼女の師であるアーレウスは叫んでいた。本来ならば弟子を宥めるはずの彼も、異常なその存在(イーター)に感情を抑えられずにいた。


「この刃は二人のッ……お前が弄んだ仲間の怨みだ」


 刺突剣をなぶり抜くと、ティナは再びその剣を突き立てる。幾度となく突き刺さる鋼の杭は、その身体を切り裂いた。何度繰り返したかわからなくなるほどティナは夢中で続ける。いつしか動きを止めたイーターの瞳はじっとりと深い暗闇を浮かべているのであった。


「ハァ、ハァッ……私は……やっと……」


既に事切れた身体から剣を抜くと、血で汚れた両手に目を落とす。いつの間にか震えていた自分自身に、ティナは達成感とは違う別の感情に気づかないように独り言ちたのである。


「……良くやったとは言わん。だが、仇はとった。気負いすぎるなよ」


 震える彼女の肩にアーレウスはそっと手を置く。泣き出しそうなティナは、次々浮かんでくる複雑な感情に顔を歪めていたのであった。


「今はこれでいい。成すべき事を果たしに、俺達はここにいるんだ。大聖堂へ向かうぞ」


 大剣を背負うように鞘に納めるとアーレウスは歩きだす。まだ震える両手をゆっくり握り締めるティナも剣を亡骸から抜いた。背を向け歩きだす彼女をアーレウスは黙って頷く。


「……ッ?!」


 アーレウスは異変に気付くと、ティナに手を伸ばす。黒い何かが二人の間を通り抜けると、土煙を巻き上げて辺りに衝撃を広めた。


「――師匠ッ!?」


「ぐッ……まさか、本体は()()()なのか」


 右腕を切り落とされたアーレウスは傷口を押さえて顔を歪めていた。肩口から引き裂かれた彼の腕は、黒い爪の先に突き刺さって宙に浮かぶ。


「そんな、イーターはまだ死んでいない?!」


 ティナは苦しむ師から目を離す。少女の亡骸の後ろで蠢く巨大な怪物は、二つ光る真っ赤な眼で見下ろしていたのであった。




「……まずいな、先程よりもはるかにデカイ。片腕であれを相手にするには分が悪い」


「――師匠、早く回復をッ……!」


 慌てるティナにアーレウスは左手で指差す。切り裂かれた彼の右腕は黒色の怪物の口へ放り込まれた。


煉気因子(クリムゾン・ギア)は万能ではない。細胞の活性回復は出来ても、もぎ取られて破壊されれば再生は不可能だ」


 苦痛に顔を歪めたアーレウスは自身の細胞を動かし止血を行う。傷口は完全に塞がったものの、右腕を失くしたアーレウスの剣技は本領とは程遠い落差を拭えないのであった。


「そんな……私が油断したばかりに……」


「泣きを溢してる暇はないぞ? 奴はさっきより本気で来るようだ」


 複数の蛇頭は一つに絡み付くと不気味な顔を作り上げた。這い廻る蛇達が巨大な身体を浮かび上がらせる。


「ティナ、サポートしろ。二人同時の極剣で今度こそあの怪物を仕留める他ない」


 左手一本で大剣を構えたアーレウスは、面妖に姿を変えた敵を見据えた。


「そんな、あれを二人でなんて……」


 ティナの頭に絶望が過る。無敗の戦王アーレウスは手負いの状態。対して相手の脅威は目に見えて増幅してゆく。


「弱音を吐くのも後でもいいだろう。お前は俺の一番弟子の一人、時代遅れな戦王の名を受け継げる位には剣を伝えた筈だ」


 アーレウスは顔色一つ変えず呟く。


「あの化け物に見せてくれよ。俺の自慢の弟子の力を」


 師の言葉はいつもと変わらず淡々と続いた。言葉の裏に孕む不安や恐怖を多い尽くすような、まるで本当の親子のような深い感情を感じ取らずにはいられない。ティナの震えはいつしか止まっていた。


「……第49席、剛剣騎士パーシバル。この剣に変えて我が信念を貫いて見せます」


 刺突剣フランベルクはその刃を研ぎ澄ますように降り注ぐ陽光を集める。荒ぶるように叫ぶティナの髪止めが契れると、二人は猛然と駆け出したのであった。



◆◆


 激しい猛攻は既にどれ程の時間が経過したのであろうか。聖肉大聖堂の前で繰り広げられる激しい戦いは、その勝敗を決しないまま一進一退を繰り返したのであった。


「――まだだ、次は奴の頭を狙えッ!」


 隻腕のアーレウスは大降りな刃を巧みに操り、迫り来る怪物の攻撃を受け流す。


「――はい、一撃で落とせないならばッ!」


 死線がすぐ側で向かい来る間をティナは剣を振るう。手応えに反して一向にその力は衰えることは無い。それでも自身の限界を超えて幾度となく剣技で応戦するのである。


「――死角からッ?! 師匠ッ!」


 新たに浮かび上がる巨大な蛇の腕がティナの刃は止める。転じて反撃に動く他の腕は網目のように周囲を薙ぎ払った。


「――くッ、ならばそのまま押し返す……桜華灰刃ッ」


 アーレウスの極剣は降り注ぐ蛇腕を砕く。本来の威力とは程遠いものの、致命打は全て砕け散る。僅かだが、仰け反るようにイーターは上体を動かした。


「――ここだ、決めるッ!」


 空中で体制を変えるティナは渾身の構えから極剣を放った。


「――そんな?!」


 必中の高速の刺突は直撃する刹那、巨体を分裂させたイーターに当たることは無かった。一度見せた彼女の剣技を見切ったと云わんばかりに、イーターの不気味な瞳が楕円に歪む。


「――ならばッ……」


二撃目を放とうとしたティナの背後から槍のように形を変えた蛇達が突き刺さる。


「ティナッ!」


 アーレウスの視線が外れた直後、再び蛇腕は振り下ろされる。到底防ぎきれないその巨大な一撃が彼を襲う。


「――グッ……まだ、まだだァッ」


 ティナの身体は赤い血渋きを撒き散らし動く。活性化した煉気因子(クリムゾン・ギア)は血液を逆流させるように全身が躍動する。彼女の赤毛は逆立つように血糊を振り乱した。


「――負けるものかッ、私は……戦王アーレウスの一番弟子、剛剣騎士パーシバルだァッ!」


 助走も無しに全速力で飛ぶティナは、イーターの頭部を貫いたのであった。高速の剛剣は蛇達を薙ぎ払うと、その巨体を仰け反らせる。


「――これ以上、私の大切なモノは……お前なんかに奪わせないッ」


 刺突剣フランベルクは大振りの一撃を放つ。それはまるで師の極剣を思わせるような、全てを砕く剛剣と化してイーターを切り裂いたのであった。


――アアアアアッ……


耳鳴りのような叫び声が周囲に広がる。巨大な怪物は崩れ落ちるように、灰のように砕け散ってゆく。


「――し、しょう、私、やりました……」


 ティナはそのまま地面へと叩きつけられると、僅かに口元を動かす。身体中を襲う痛みは既に感じ取れなくなるほどに蓄積していたのであった。


「グフゥッ……見事だ……我が弟子よ……」


 既に動けないアーレウスは崩れゆく怪物(イーター)を、霞む目で見つめていた。




 



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