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Ep.124  師弟の貫き

 聖肉大聖堂の前に佇む人影は迫り来る二人を静かに見据えていた。いち早くその存在に気がついたティナは叫び声を上げて突進する。


「――二人の仇は、ここで取るッ!」


 アーレウスの制止を気にも止めないまま、ティナの刺突剣は標的を定める。怒りに任せた彼女の剛剣は猛烈な風を巻き起こし放たれたのであった。


「――なッ……?!」


 涼しい顔で見据える食者の剣イーターは微動だにしない。ティナの刃は標的の前で止まる、それはまるで見えない何かに遮られるように弾かれたのであった。


「後ろへ飛べッ!」


 ようやく届いた師匠(アーレウス)の声に一瞬の戸惑いを見せる。ほんの一瞬のその迷いは反撃の隙を与えた。イーターが左手を動かしたように見えた時、鈍い痛みが頭に響いた。


「――ぐゥ……ゴブッ……」


 ティナは呻き声を上げて膝をついた。脇腹を抉るイーターの一撃に全身の力が抜けるのを感じた。


「ティナッ! 下がって回復していろ」


 アーレウスは大剣を振り上げて前に出る。僅かだが視線を動かしたイーター。彼の刃もまたすんでの所で止まるのであった。


「――ゴフゥッ……し、ししょ……う……」


「コイツは……化け物か……?!」


 再び片手を動かすイーターにアーレウスは大剣を盾に堪えると、膝をつく弟子(ティナ)の腕を掴んで後退した。



「ガハァッ……ハァ、ハァ……フゥッ」


 ティナは傷口を押さえると深く息を吸い込む。活性化する彼女の中の煉気因子(クリムゾン・ギア)は急速に傷を埋めてゆく。瞬く間に塞がる脇腹の傷は、破れた騎士装束を残して元通りに回復したのであった。


「ハァッ、ハァ、ありがとうございます師匠」


「早まるなと言っただろう。奴を見てみろ、あれが全て防いでいる限り、俺達の剣は届かないぞ」


 アーレウスは額に深い皺を浮かべて視線で促す。先程から微動だにしないイーターの周囲に蜃気楼のような残像が浮かぶ。


「そんな、あれは……いったい……?」


「わからん。だが、奴を倒さなければ大聖堂には近づけないようだな」


 二人を静観していたイーターはようやく動き出す。周囲を纏わりつくように蠢く不気味な影は朧気な実像を浮かび上がらせてゆく。


「……食者の剣、イーター。騎士命約第8項に従い、天眼に仇なす脅威の排除にあたる」


 独り言のように呟くとイーターは黒塗りの騎士服を揺らして二人に近づく。その周囲で揺れていた巨大な存在は、大蛇のような三ツ目を見開くのであった。



「化け物……いや、レヴァナント(あいつ)が話していた種持ちと云う奴か」


 アーレウスは別の構えを取る。その姿に我に返ったティナも得意な刺突の構えで敵を睨んだ。


「やはり、ただの末席騎士ではなかった。ムシャイトとバルエッタ……それに他の騎士達もアレに殺られた」


 食い縛り睨むティナは冷静さを取り戻しかけていた。ゆっくりと二人に近づいてくる怪物(イーター)は、狙いを迷うかのように二人を交互に見ている。


「まずは俺が奴の出方を見る。種持ちが本当に不死身なら厄介だが、必ず弱点もあるはずだ。少しでも隙があればお前の極剣で仕留めろ」


「――はいッ!」


 大剣と刺突剣を向けると、二人は同時に駆け出した。飛び込んでくるアーレウスに狙いを定めたイーターは、迎え撃つように背後の大蛇を動かす。ぶつかり合う大剣と巨大な牙が激しく音を立てる。


「……対象の脅威を確認。優先はこちらにする」


 両手を掲げるイーターに、アーレウスは警戒を向けたまま大蛇を受け流し間合いの中へと踏み込んだ。


「――なにッ!?」


 受け流した大蛇の身体は横腹から割れる。深淵のような蛇の胴体からは巨大な何かが飛び出しアーレウスを穿つ。


「師匠ッ!」


 大蛇の身体は無数に裂けるとおびただしい数の蛇が重なりあう。まるで巨大な腕のようにしなるそれが、幾度となくアーレウスを襲うのであった。


「大した異形だ。だが似たような怪物なら前に覚えがあるんでね」


 アーレウスの小さな呟きに、イーターは何かを感じ取ったように目を細めた。刹那に大蛇の頭は大剣の一振りで切り捨てられたのである。


「……対象の脅威が測れない。段階(フェーズ)を上げる」


 頭を落とされた胴体は倒れるように消える。一切視線を外さない彼女は、守りの消えたイーターを見逃さなかった。


「――出し惜しみなんてしない。この時の為に研ぎ澄ましたのだからッ!」


 イーターの視線がほんの僅かにティナを見る。猛進する姿に気づいた時には既に、空気の刃はイーターの左胸を捉えていた。


「――全てこの一撃に乗せるッ、虚空連歌ァッ!」


 二撃必中のティナの極剣は完璧にイーターを貫いたのであった。



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