Ep.122 どちらの裏切り者 下
「どうなってんだよ?! なんでバロミロスまで不死者になってんだ」
亡者の様な顔面に変わった騎士は、変則的な太刀を繰り出す。かつて館前で戦った事のあるレヴァナントであったが、以前よりも不気味な太刀筋に防戦を強いられていた。
「どけッ!」
黒い大剣がバロミロスの背後から突き立てられる。痛みの感覚すらないのであろうか、騎士はすぐさま狙いをオルクスへと変え太刀を振るう。
「これは煉気因子なのか? いや、まさかバロミロスも初めから種持ちだったのか?!」
レヴァナントは隙を見て銃弾を放つ。貫かれたバロミロスの身体は驚異的な速さで回復している。
「気楽な奴だ、どちらでもねぇよ」
休む事なく大剣を振るい続けるオルクスは幾度となくバロミロスを切り裂く。それでもまったく衰えることのない奇形の太刀は、二人を相手にさらにその速度をあげていった。
「オルクスがさっき言ってたガルゥーダって奴がバロミロスを操っているのか?」
「馬鹿か? それしか考えられねぇだろ」
二人を交互に穿つバロミロスは動きを止める。身を縮める様に両の腕を押さえると、あろうことかその腕をもぎ取った。
「――?! 何してんだアイツ」
赤黒く滴る傷口から新たな腕が生える。さらに背面から生えた四本の腕、もぎ取った身体の一部を鞭のようにしならせて突進してくるのであった。
「化け物らしい身なりになったじゃねぇか」
鞭のような腕を切り落とすオルクスの死角から太刀が突き刺さる。レヴァナントは再び銃を構えようとした。しかし今度は恐ろしい速さで伸びる異形の手にはね除けられた。既にその見た目は人を越えた怪物へと変わり果てている。
「こいつ、死ぬ度に強くなってやがるのか?」
「オルクスッ、癪だが力を合わせるぞ。一撃じゃ、コイツは倒せない!」
異形の騎士はさらに新たな腕を身体から生やすと、その動きを速めて二人に迫る。
「レヴァナントと組むなんざ、死んでも御免だ。こんな小物、本気を出すまでもねぇんだよ」
オルクスは騎士目掛けて飛び込むと右足を刃のように変化させて斬り裂いた。
「あれは、転生変換術」
北で見せたオルクスの異形は、怪物と化したバロミロスを肉片に変える。おびただしい血飛沫の雨が降り注ぐ中、レヴァナントは息を呑んでそれを見ていた。
「……?! オルクス、まだだッ」
「――ッんだと?」
散り散りになった肉片は瞬く間に集まると、再び人を型どって太刀を振るう。振り下ろされる刹那にレヴァナントは剣で受け止めたのであった。
◆
「邪魔すんじゃねぇ、雑魚野郎ッ!」
「お前にもまだ聞かなきゃいけない事があるんだよ。それにここで死なせたらティナとアーレウスに悪いからな」
レヴァナントは太刀を受け流すと続け様に連撃を放つ。アーレウスから教わった流剣と重剣は見事に異形騎士を薙ぎ払った。
「てめぇ、その剣技……あの野郎、余計な事吹き込みやがって……」
「俺だって兄弟子がお前みたいな奴なのは釈然としないがな」
共にアレス流剣術を会得する二人は睨み合いながらも剣を構えた。
「……それで、何処を狙えば奴の不死が止まると思う?」
「……頭と身体を破壊しても核はなかった。可能性があるとすれば」
二人は同時に飛び出した。振りかざされる太刀と複数の腕をレヴァナントは流剣で受け流す。転じて動きを止めるように足に向けて銃弾を撃ち込む。バロミロスの膝下を的確に穿った弾道は両の足を弾いた。崩れ落ちる異形を見逃さない様に黒い残像がレヴァナントの目の前を掠めた。
「――今度こそくたばれ、『悪逆無道』ッ!」
オルクスの黒色大剣は幾重にも重なる刃の塊と化して手放した太刀へと振り下ろされる。衝撃は金属音と共に不気味な悲鳴を響かせた。同時に苦しみ始めた怪物にレヴァナントは剣を振り上げて飛び込んだ。
「悪く思うなよ、俺もまだ死ねないんだ」
歪み合う二人の刃は、奇しくも同時に異形を斬り裂くのであった。
◆◆
「中が静かになった、終わったのかな?」
大聖堂の出入口で身を潜めていたタナトスは、静けさに誘われるように中を覗き込んだ。数分前よりも荒れ果てた建物の中に、彼女は目を凝らしていた。半壊の屋内に舞う土埃が収まると、二つの人影が目に止まる。
「……あ。おーい、レバさん」
レヴァナントの姿を見つけたタナトスは駆け寄った。
「良かった、無事だったんだね」
「最低な気分だが……何とかな」
安堵から腰を下ろしたレヴァナントは怪訝そうに目を向ける。促されるように目をやると、彼よりも不快な表情のオルクスが苛立たしげに舌を打っていた。
「余計な邪魔しやがって、次はお前の不死を仕留めてやろうか?」
種持ちであるオルクスの身体は既に傷口が塞がっていた。
「あいにく今の俺は不死身じゃねぇよ。本気で相手してほしいなら別の機会にしとけ」
正午を過ぎた日差しはまだ天高く輝いている。生身のレヴァナントには所々に軽傷が残っていた。
「フン。雑魚野郎なんざ、はなから相手にする価値すらねぇよ」
オルクスはそう言って大剣を背負うと、踵を返すように背を向けた。
「おい、ちょっと待ってくれ。さっきの続きだ、そのガルゥーダって奴が天眼を管理していたのか?」
「あぁん? 聞いてりゃわかるだろ普通。それ以外に何があんだよ、次喋ったら殺すぞ」
一際深い皺を眉間に寄せるオルクス。余程に手を貸された事が不愉快らしい。
「その人ならレイスちゃんの行方を知ってるかも知れないね」
オルクスの殺気にまったく怯まないタナトスは口を開いていた。
「それだ。なぁオルクス、そのガルゥーダって奴の所まで俺達も一緒に向かう。ソイツに聞きたい事がある」
「んだとッ?! てめぇ、それ以上調子に乗って――」
「ティナちゃん達も襲われてるかもしれないよ? 力を合わせて挑んだ方が効率いいんじゃない?」
「こッのガキッ……チッ」
思いもよらない事態に驚くレヴァナントは、一抹の不安と僅かな希望にいつしか嗤っていたのであった。