Ep.122 どちらの裏切り者 上
「……なんでアイツらまで天眼に来ているんだ?」
不機嫌な声色でオルクスは呟いた。臨戦態勢は解除されたものの、その眼光にレヴァナントは警戒していた。
「お前の質問には答える。その代わり、俺の質問にも答えろ」
「チッ……」
慎重に言葉を選びながらもレヴァナントは交換条件を申し出た。舌打ちでそれに応えるオルクスは二人を背を向けたのであった。
「アーレウスとティナは俺の妹探しに手を貸してくれている」
「妹探し? 何故天眼に乗り込む必要があんだよ」
「交換条件だろ、次は俺達の番だ。天眼には何の目的で来たのか答えろよ」
苛立たしそうに尋ねる彼に答える事なく、レヴァナントは質問を投げ掛けた。青筋をたてるオルクスは渋々といった様子で口を開くのであった。
「チッ、糞がッ……裏切り者を潰しに来たんだよ」
「裏切り者? それは終焉王の――」
「俺の番だ。さっきの質問にさっさと答えろ」
今度はレヴァナントが舌打ちで応える。眉を寄せて妹についての経緯を話すのであった。
「妹は天眼に引き取られてから行方がわからない。裏切り者って終焉王に逆らう不死者の事か?」
「つまらねぇ理由だな、お気楽な野郎だ……勘違いすんなよ? 俺だって終焉王の奴に忠誠心なんざねぇよ」
【不死の産みの親である終焉王の命令は絶対である】
レヴァナントはかつてバステトから聞かされた言葉を思い出していた。少なくとも終焉王の命令に背ける不死者はこれまで出会ったことがない。ひょっとするとそれは種の解除と関係しているのかも知れないのである。
「その裏切り者って奴はひょっとして――」
口を開いたレヴァナントは違和感を感じとる。オルクスが身を屈めるのとほぼ同時に、タナトスの頭を押さえてしゃがみこむ。ほんの一瞬光の線が大聖堂の中を通り抜けたかと思うと、地響きにも似た轟音が鳴り響いたのであった。
◆
「――痛いよレバさん、急にどうしたの?」
「――いいから、頭下げてろッ!」
一筋の閃光の後、建物は激しく揺れた。暗闇の拡がる屋内に光が差し込む。
「うわっ、天井が無くなってる!」
降り注いだ破片を払いながら顔をあげると、大聖堂の上部は消え去っていたのであった。代わりに覗く不気味な色の空模様に、レヴァナントは喫驚していた。
「……さっそく出てきやがったな」
先に立ち上がっていたオルクスの手には黒色の大剣が握られている。彼の見つめる先に目をやると、どこか見覚えのある鎧騎士がゆっくりとこちらに近付いて来ていた。
「オルクス、あの鎧騎士がお前の言っていた裏切り者なのか?」
「ちげぇよ。大方、ガルゥーダの手駒だ」
捨て台詞の様に呟くオルクスは大剣を振りかぶって騎士へと駆ける。すぐに刃を逢わせる甲高い音色を奏でた。
「――俺様に喧嘩売るとはガルゥーダの野郎、いい度胸だなぁッ?!」
オルクスの怒声は崩れ落ちた大聖堂に響く。レヴァナントは衝突する二人に注意を向けたまま、状況に困惑していたのであった。
「仲間割れ……じゃあないよね?」
「すくなくとも、俺達の味方でもなさそうだ」
激しく撃ち合う姿を見据えながら二人は後退る、先程の刃の一閃はレヴァナントの鼻先を掠めていた。うっすらと伝う血を拭いながら、レヴァナントは口を開く。
「狙いはオルクスだけじゃなさそうだ。タナトスお前は隠れてろよ」
「まだ不死身じゃないから、レバさんも気をつけてね」
タナトスはそう言って彼から離れる。差し込む日差しに眉を寄せてレヴァナントも駆け出した。
◆◆
黒色の大剣を振るうオルクスは僅かに口を緩ませていた。余裕ともとれるその顔は、迫り来る敵を楽しんでいるようにも見える。
「そんな細っちい剣で俺を殺れるのかよ?!」
鎧騎士の得物はしなやかに大剣を受け流す。変則的なその太刀筋とは反対に、オルクスは力で圧しきっている。繰り出される猛攻に生じたほんの僅かな繋ぎ目に、鎧騎士の奇怪な剣はオルクスの胴を貫いた。
「――チッ、糞が」
オルクスは身体をねじ曲げるように刃から逃れると、渾身の力で大剣を振り抜いた。驚異的な一振りに鎧の騎士は弾き飛ばされる。奇しくも駆け寄っていたレヴァナントの目の前にやってきたのであった。
「その鎧姿に独特な太刀、あんたブレイズの館で会った騎士だろ?! たしか、バロミロスだったか……」
飾り兜で顔は隠れているものの、レヴァナントにはその姿に確かな見覚えがあった。バロミロスと思わしき騎士はレヴァナントの方を向き直るが、何も語ろうとしない。
「ブレイズから作戦の話しは聞いているだろ? 俺達はこれから――」
レヴァナントは敵意はないと云ったように両手を上げて近付いたのであった。騎士がだらりと太刀を下ろした次の瞬間、猛烈な勢いでレヴァナントは後ろへ飛んだ。
「なッ?! 待てよ、俺はお前らの敵じゃ――」
太刀は横薙ぎ一閃を繰り出す。服を掠めたその太刀筋には確実に殺意が込められていた。
「待ってくれ、ブレイズから何も聞いていないのか?!」
何も応えない騎士は狙いをレヴァナントへと変える。避けきれない変則的な刃の動きにレヴァナントは剣を抜いたのであった。つばぜり合いの距離で何度と声を掛けるが、バロミロスはまったく反応を見せない。
「――よそ見してんじゃねぇぞ!」
黒い残像が目の前を掠めると、騎士の兜は弾き飛んだ。切り離された騎士の頭部は勢いよく跳ねて地面を転がる。
「なッ……?!」
首を跳ねられたバロミロスの身体は崩れ落ちる様に膝をついた。
「オルクス、お前何て事して――」
「……チッ。ガルゥーダの野郎、既に細工してやがったな」
動揺するレヴァナントと対象的に、オルクスはまだ剣を構えたまま首なしの騎士を見て呟く。レヴァナントは目を見張った。既に事切れたはずのバロミロスの身体は倒れる事なく立ち上がったのである。
「これは、一体どうなってんだ……?」
頭を亡くした鎧の身体はゆっくり立ち上がると、胴体から何かが盛り上る。
「そいつはもう、人じゃねぇ」
剥き出しの爛れた赤い皮膚に覆われた頭部が再生すると、乙剣のバロミロスと思わしき騎士は異様に長い得物を構えたのであった。




