Ep.13 北の魔法兵器
Ep.14は11月19日更新予定です。
どこまでも青く続く海上に、ふわふわと幾つもの積雲が漂っている。遠くの方で何かが水面を跳ねて、大きな波しぶきがあがった。
港近くの二階建ての監視小屋で、タナトスはあちこちと指差しながら飽きない様子で海を眺めていた。
「この海域には古くからケートスっていう海獣が住み着いてんだ。体こそデカイが性格は温厚で人畜無害、巨大なアイツらのお陰で他の狂暴な海獣を寄せ付けない。言わばこの漁村の守り神みたいな存在なのさ」
窓に手を掛けて危なげに身を乗り出す彼女に、ブックマン船長は優しく静止させながら語りかけていた。
「私の故郷でも似た生物見たことありますよ。向こうでは【鯨】って呼ばれてましたけど、大きさはケートスの方がずっと大きいですね」
タナトスは再び遠く跳ねるケートスに視線を戻して喜んだ。
「海賊どもはあのケートスを密漁するためにやって来る。どうやら北の国では骨だの牙だのが高値で取引されているらしいが、世界の協定で海獣の狩猟は禁止されているはずなんだ。ところが、この漁村を含む一帯は先の大戦の停戦協定で親和地とされていて、軍も北の大国も見て見ぬふりを貫いてやがるのさ」
船長は葉巻をふかすと、再び弱々しくため息をつく。
「北の魔法兵器ってのはそんなに厄介な代物なのですか?」
上官時代には見せたこともない男の表情にレヴァナントは戸惑っていた。彼の中で思い浮かぶブックマン中佐の姿は、勇猛に敵を攻め立てる豪傑といった印象しかないのだ。今まさに目の前にいる船長となった男は、とても同じ人物とは思えないほど弱々しく萎んで見えたのであった。
「大戦中、優勢に進めていた我が西の【ヴァルハラ軍】はついに南の国境付近まで制圧を進めていた。侵略まであとひと息といった所で奴等はとんでもない隠し球を投入してきやがった」
「隠し球? 北ではなく南の大国がですか?」
レヴァナントは眉を歪めて船長に尋ねる。「そうだ」と短く呟いて、船長はまた葉巻を燻らせていた。
「南の奴等は密かに北の大国と繋がっていて、そこから魔法兵器を輸入していた。そこから戦局は一気に傾き、我々は圧倒的劣勢にたたされた。その時さ、この目をヤっちまったのも降格処分喰らうほどやらかしたのも……」
アイパッチを擦りながら、ブックマン船長は葉巻を揉み消した。
「簡単に言えば不可視の防壁。我々の弾薬はことごとく弾かれ、自慢の兵器は一切、ガラクタの鉄屑に成り代わった。俺の爆撃機もまったく通用しなかった、それどころか弾き返された火力によって自分も味方も巻き込んでの大自爆さ……【リフレクション】後から知ったソレの正体は北の魔法兵器だった」
船長の話をいつの間にか聞いていたタナトスが口を挟む。
「それを海賊さん達も使えるんですか?」
彼女の言葉に静かにブックマン船長は頷いた。
「不可視の防壁……確かにそんなのが相手じゃ、装甲船では分が悪いな」
レヴァナントも唸る様に考え込んだ、そんな彼の服をまたしてもいつの間にか隣にいたタナトスが引っ張っていたのであった。
「相手が魔法ならこっちにだって分があります。なんたって私達には呪術がありますから! 」
タナトスは目を輝かせて話す。レヴァナントは怪訝な顔色で彼女を見ると、ため息をついて船長に声を掛けるのだった。
「ブックマン中……船長、北の大陸まで乗せていって頂く代わりと言ってはなんですが。自分達にも海賊退治手伝わせて頂けませんでしょうか? 」
ブックマン船長は驚いた様に目を丸くしていたのであった。
◆
広い甲板を歩く2人は重々しい扉をくぐり抜け、指令室と書かれた鉄の部屋に通される。装甲船グロワールの船内に案内された2人は、初めて見る巨大戦艦の内部に目を奪われていたのであった。
「こっちに来てコレを見てくれ」
ブックマン船長は机に置かれた幾つかのモニターを指差す。それぞれ別の映像が写し出されたモニターに、2人はおもわず歓声を上げそうになる。
西の近代兵器は最先端科学の集結であり、一般人では見たこともない程に進んだ最新機械なのであった。
「レバさん見てくださいッ! 凄い! 箱の中に海が映ってますよ!」
バタバタと忙しなく騒ぐタナトスをあしらいながら、レヴァナントはモニターに意識を向けた。
「二週間ほど前、海賊との戦闘の映像だ」
船長が指差すモニターには五隻の大型船が一定の間隔を置いて浮かんでいた。サイズとしては立派な船だが、造りは木造でかなり旧世代の海賊船といった印象。この船が装甲船と渡り合えるなど、万が一にもあり得ないと思えた。
「……ここから我々の攻撃が始まる」
船長の声のトーンが下がると、映像は飛び交う弾薬の煙や火花で激しく荒れる。砲撃が終わると流れゆく煙の奥から、無傷の海賊船が何事もなかったかのように悠々と進んでいたのであった。
「凄い! 本当に全部跳ね返しちゃいましたね」
タナトスが感心したように呟いた。
「わかったろ? 魔法兵器を積んだだけで、あんなボロ船が強力な戦艦に変わっちまう。あの防壁を壊せない限り奴等の密漁は止めらない」
髭をなぞる船長はを苦々しい表情で俯いた。レヴァナントも言葉を無くして、項垂れる船長を眺めていたのであった。
「相互サポート系ですね。船だけじゃなくて周りの海に五隻で魔法陣を作ってるって感じです。あの空間に外側からの物理的な衝撃は通用しません。でも反撃する様子がまったく無いところを見ると、内側からも通せない見たいですね」
モニターを見つめながら突然、彼女は話し始めていた。船長とレヴァナントは聞きなれない単語の彼女の話に、顔を見合わせて首を傾げた。
「あの魔法陣の内側なら、余計な被害を出さずに使えるかもしれません。レバさん、なんとかなりそうですよ!」
タナトスの声色が一つ明るくなる、嫌な予感がレヴァナントを襲う。
「しかも、海の上ならフルパワーの七死霊門、【水禍門】が開けますッ!」
「お前……ただ、呪術使いたいだけだろ」
レヴァナントは眉根を下げで彼女を見る。すでに上の空のタナトスはブツブツと何か考えているようであった。
「……後は、どうやってあの魔方陣に入るか」
2人の噛み合わない掛け合いに、ブックマン船長は困惑した様な視線をむけて尋ねてくる。
「バンシー、この子は人買いにさらわれた可哀想な子じゃなかったのか? 」
「そ、その通りですよ! ただ、ちょっと変わったヤツでして……」
慌てるレヴァナントはぎこちなく誤魔化すのであった。