Ep.120 硝煙の空で
騎士達が天眼へ突入してさらに一刻の時間が過ぎようとしていた。森の中に潜んでいたレヴァナントとタナトスの二人は、ティナから指定された時刻が訪れる事を待ちわびていたのであった。
「レバさん、もうそろそろいいんじゃない?」
「ああ、そうだな。天眼がどの位空の上にあるのかもわからないし……よし、俺達も向かうぞ」
小型飛空艇に乗り込むレヴァナントは駆動機のスイッチを入れる。鈍い音の後に廻り出す推進機は灰色の煙を上げて唸る。地についた車輪は不安定な緑土を蹴って動き始めた。
「よぉし、出発だぁ!」
隣で立ち上がり楽しそうにはしゃぐタナトスに、レヴァナントはハッチを閉めると言って座らせる。揺れる機体は一定の距離を駆け抜けると、空へと飛び上がるのであった。
「空の上って目印何もないけど、ちゃんと着けるの?」
「座標はアーレウスから聞いている。あとは自動操縦でも到着出来るはずだ」
戦王アーレウスから渡された地図を叩くレヴァナントは、それを投げ渡した。
「南国の中心にあるんだ。おじさんの絵だとかなり大きいね」
広げて眺めるタナトスは呟く。地図には南国の陸地に重ねるように手書きの図形が書き込まれていた。
「ああ、だが肝心の大聖堂の場所までわかってんだ。寄り道しなけりゃ、あっという間に到着する」
「ふぅん……最初は何処を目指すの? ティナちゃん達と合流する?」
「いや、アイツらは俺を追っているていになっている。俺達はだけで聖血大聖堂に向かったほうがいいだろう」
そこに妹はもういないと告げられたレヴァナントであったが、心の何処かで淡い期待を抱いていた。
「後できっと合流出来るよね。私達は先にレイスちゃんを探そう!」
タナトスは彼の心境を知ってか知らずか、また明るく言い放つのであった。
◆
上昇を続ける飛空艇は順調に空路を進む。巨大な雲の中を突き抜けると周囲は青色に冴え渡る。二人は延々と続く群青の光景に目的地を探したのであった。
「レバさん、あれ見てっ!」
「マジかよ……聞いていたよりもずっとデカいな」
雲間に見えた人工の色彩が二人の目に止まる。空に浮かんだ鋼鉄の塊は突然に現れたのであった。
「本当に浮いてやがる。これが……天眼なのか……」
巨大な雲の様に伸びる要塞は至極当然のように空に浮いていた。正確に云えば地上の大聖堂によって支えられているのだが、不可視の柱は肉眼ではとても捉えられない。
「もっと上だよ、上は陸地みたいに延びてるっ」
垂直に飛空艇を上昇させるレヴァナント、天眼の側壁に目が止まると急に慌て出した。
「あれは……やべぇッ、狙われている?!」
声と同時に要塞の側面は赤く光を放つ。遅れて衝撃が飛空艇を揺らした。
「くそッ、重火器まで備えてあるのかよ。聞いてねぇぞッ――」
舵を切るレヴァナントは飛空艇を傾けた。機体の横を火球が掠める。急激な旋回に機内は大きく揺れた。
「――レバさんっ、次が来るよっ!」
「――わかってるッ」
次々と迫る砲撃にレヴァナントはギリギリで躱し続ける。飛空艇は上下逆さまに旋回を繰り返し、激しい負荷に二人は必死に耐えるのであった。
「――このまま一気に抜けるッ、しっかり掴まってろよ!」
レヴァナントは駆動機のレバーを引く。推進機は停止すると後部に備えられた別の推進機が火を吹いた。
「――速いっ、凄いっ、いっけぇ!」
激しい加速に身体は座席に押し付けられる。タナトスは非常事態にも関わらず、一人声を上げて楽しんでいた。
「――中佐仕込みの空戦術ッ、舐めんなよぉ!」
群青を多い尽くす灰色の煙。あちこちで光る赤い砲弾を掻い潜り、飛空艇は悲鳴を上げて突き抜けたのであった。
◆◆
「――よし、抜けるぞッ!」
硝煙を勢いよく突き破った飛空艇は天眼の上部を見下ろしたのであった。途轍もない推力の反動からか、飛空艇はあちこちから不穏な音を鳴らして飛ぶ。
「ふぅ……手筈通り、防壁は解除されていて助かったな」
駆動機を切り替えると二人に掛かっていた圧力は収まりをみせる、安堵するレヴァナントはホッと息を吐いた。
「もう少し下に降りて、何かあるよ」
ハッチの窓から覗くタナトスは何かを見つけて言った。言われたまま飛空艇の高度を落とす。徐々に鮮明になる天眼の表面では何かが動いているように見えた。
「あれは……先に突入した騎士か?」
「見てっ! 誰かと戦ってるように見えるよ」
要塞の表面には人工的な建物が崩れ落ちている様に見てとれる。その周囲をかなりの数の鎧達が剣を交え合っていた。
「ティナちゃん達かな?」
タナトスは目を凝らしてそれを見つめる。
「下で何か騒動が起こっているのは確かだが、ここからじゃわからないな」
レヴァナントも注意深く眼下に目を配る。
「あの鎧……森で俺達を襲った刺客と似ている。もしかして襲われてるのは……」
レヴァナントは舵を取ると僅かに下降させる。目視で捉えられる距離まで降りると、複数の鎧達は騎士と思わしき一人を取り囲んでいた。
「ティナちゃんじゃない、でもやられているのは騎士の人だよ」
「やっぱりそうか。そうなると、ブレイズも嵌められていたのかも知れないな」
レヴァナントは機関銃の照準を合わせると、騎士を襲う鎧達に向けて放つ。通り際に何体も弾くと、再び飛空艇を上昇させるのであった。
「とにかく俺達は聖血大聖堂を目指すぞ。ティナとアーレウスならきっと大丈夫だ」
「う、うん。ティナちゃん、おじさん、頑張ってね」
二人を乗せた飛空艇は再び推力を上げて駆け抜けるのであった。