Ep.116 北の策略
青い瞳を大きく見開いて、ブレイズは何度か彼の名前を尋ねていた。突然の事にレヴァナントは間の抜けた生返事で応える。もう一度確かめるようにその名前を口にするブレイズに、ティナとタナトスも不思議そうに見つめていたのである。
「そうか……君が……いや、だとするとこの状況は……アーレウス様、これはひょっとして?」
歯切れの悪い独り言を呟いた後に、ブレイズは真顔で見ているアーレウスに向けて問い掛ける。
「ああ、俺も今のお前の反応を見て確信したよ。恐らく大方は、想像の通りだろう」
アーレウスは一人納得したように頷く。二人のやり取りをぼんやり見ていた三人には全く理解のできない会話はしばらく続く。
「ここまで予想して事を運んでいるとすれば……まさか北の五賢人はそこまで策士なのでしょうか?」
「十中八九、想定通りってところだろうな。お嬢ちゃんの話によれば、これを仕掛けたのは界雷のトール。界雷は代々、相当に狡猾老獪だ」
二人にしか理解のし難い会話に、痺れを切らしたレヴァナントは口を開いた。
「ちょっと待ってくれ、一体何の話をしているんだ?」
彼の声に二人は振り向く。
「すまない、あまりの事に取り乱してしまったようだ。これを見れば理解出来るかな?」
軽く頭を振るブレイズは一枚の紙を差し出す。受け取ったレヴァナントの横からティナとタナトスが覗き込む。紙の中央には黒い襟で半分隠れた人相書、挟み込むように各国の文字で詳細が綴られていたのであった。
「北国都襲撃の首謀者レヴァナント・バンシー……なんだよ、これはッ?!」
レヴァナントが声をあげる。彼と同様に目を丸くしてそれを見た二人も驚いたように呻いた。
「これは一月程前に北国から送られてきた手配書だ。詳細はまるで記されていないが、首謀者の名前と特徴は事細かに記載されている。北と同盟国である南国としては見過ごす訳にはいかない、これは両国の信用問題にも発展しかねない」
「ま……まさか、この場で俺を捕まえるつもりか?」
ブレイズは何も応えないままアーレウスを見る。レヴァナントが僅かに後退ったその時、手配書を手にしたタナトスは声をあげた。
「こんなのズルいよ! レバさんの事、罪に問わないって約束したのに」
「お、落ち着いて、タナトス」
騒ぎ散らすタナトスを宥めるティナ。何も語らないブレイズに、レヴァナントもまた何かを言いかけて止める。
「まてよ……つまり、そうゆう事なのか?」
何かに気がついたレヴァナントが先に口を開く、ブレイズは何も応えずただ頷く。
「なに? レヴァナント、あなたまさか自棄になって暴れるつもり?!」
慌てて口を挟むティナに無言で頭を振るレヴァナントであった。
◆
「ちげぇよ。たぶん、これは全部が仕組まれてる」
レヴァナントは溜め息混じりに呟いた。
「ええ。僕も初めは疑いました。ただ現状の情報をつなぎ合わせると、それ以外の可能性はゼロに等しい」
神妙な顔のブレイズも頭を振る。その顔にはよほどの疲労が映っていた。
「お膳立ては北が勝手に手引きした。恐らく五賢人は種の秘密が南にあると睨んでいるんだろうな」
飛び交う言葉に理解の追い付かないティナは口を挟む。
「ちょっと待ってよ! 私達にも解るように説明して」
彼女に同意するタナトスも頷いていた。
「僕から話しましょう」
殊更険しい表情で眉間に手を置いたブレイズは、一度アーレウスを見る。彼の視線にアーレウスはまた頷いて応えたのであった。
◆◆
「まず第一に言えるのは、僕は南国の騎士として部外者の天眼への接触は防ぐように命じられている。もちろん、僕自身もそう簡単には彼処へは行けない。理由は言わなくても解るだろう?」
南国の高名な騎士は自嘲気味に語りかけた。大きく頷くティナに連れてタナトスも真似をする。
「だが今は同盟国の北からこの手配書が廻ってきている。これも騎士として見過ごす訳にはいかない。仮にここに綴られている凶悪犯が天眼へ向かったとしたら……剛剣騎士パーシバル、君ならどうする?」
「事態を知っている騎士ならば、速やかに脅威を排除に向かいます」
ティナはハッとした様に大きく目を見開いて答える。
「そう。あくまでこれは緊急事態、騎士達はその特別な事情で天眼へ向かう。北の連中からすれば同盟国とは言え、秘匿な施設の存在を知り得ることが出来る。そうだろ?」
「そっか、それで北の偉い人達はレバさんを罪人にしたんだね」
口を挟んだレヴァナントはタナトスの言葉に頷いて応えた。
「恐らく騎士の中にも北と繋がっている奴がいるはずだ。どこまでも北の思い通りと云うのは少し癪だが、天眼へ向かう理屈なら乗ってやるしかねぇな」
レヴァナントの呟きに、ブレイズは立ち上がると皆を見渡してまた口を開く。
「……決まりですね。僕に考えがある、聴いてくれ」
天眼への突入……無謀な強襲をブレイズは語りだすのであった。