Ep.12 装甲船グロワール
黒い煙を吐き出した鋼鉄の塊は、再び警笛を鳴らすと完全に停止したのであった。波だけが巨大な怪物の余韻を残すように、浜辺に高く打ちつけている。
浮き桟橋を渡る大柄の男は、豪快な笑い声を上げて村人達の元へと進む。
口元に蓄えられた髭と長いボサボサの髪を一つに結いた姿は猛々しさを感じさせ、いかにも海の男といった風貌である。アイパッチで半分は隠れているが、眼光の威圧感は片目だけでも充分過ぎるほどに感じられていた。
「すいませーん! この船に乗せて貰えませんか」
タナトスは一息に桟橋駆けると、躊躇いもなく船長と呼ばれる大男に話し掛けていた。
「いきなり何だ? お嬢ちゃん、見たことない顔だな」
船長は顎髭を撫でながら、訝しげにタナトスを見つめていた。
あのバカッ! また勝手に飛び出しやがって……
物陰から2人を覗いていたレヴァナントは、堪らず飛び出すのであった。
「ーーご無沙汰しております。ブックマン中佐ッ!」
体を強ばらせ、敬礼をしたレヴァナントが叫ぶように挨拶をする。響いた声のボリュームに桟橋の上の船員や村人達も一斉に彼の方を向いた。
「おお? バンシー……レヴァナント・バンシーか? いやぁ、久しいなぁ」
船長と呼ばれた男は、嬉しそうに険しい顔をくしゃくしゃに歪めてレヴァナントに歩み寄ってくるのであった。
◆
「ブックマン中佐は今ここで何をされているのですか?」
いつになく堅い話し方のレヴァナント。タナトスは思わず小さく噴き出していた。
「そう堅くならんでいい。とある戦でへまをして二階級降格、最終的に中尉にまで落ちた。それに軍は数年前に除隊している」
ブックマンと呼ばれた船長は強張る彼に敬礼をやめさせると、気さくに話し始める。
「今はこの【装甲船グロワール】の船長をやっている。カッコいいだろ?」
分厚い装甲を叩くブックマン船長、船は応えるように重厚な鉄の音を響かせた。
「失礼ながら、ブックマン中……いえ、船長はどうして除隊なんてされたのですか? まだまだご健在に見受けられますが」
尚も緊張した様子の彼に、ブックマンは軽く嗤うとアイパッチを指して話し始めた。
「こっちの目をやられてから平衡感覚がまるで使い物にならなくなった。もう空では戦えない、老兵の役目は終わったのさ」
何処か寂しそうな色が自由な片目の方に浮かぶ。レヴァナントだけが、爆撃機を自在に操っていた頃の船長を思い出していたのであった。
「除隊後に方々を旅していた時、たまたまこの漁村に巡り合った。そしてココで次なる人生の目的を見いだしたのさ。大枚をはたき、古い知人のツテを使ってこの戦艦を手にいれた。今はこの村のために働いてる。自警船の船長と漁師で二足のわらじってヤツだ」
ガハハッと豪快に笑うブックマン船長はとても楽しそうに話している。その姿につられて、レヴァナントも笑顔を浮かべていた。
「ところでバンシー。お前は今何をしているんだ? 見たところ、そこのお嬢ちゃんはお前の知り合いのようだし……それに、この船に乗せろとは? 」
「そ、それは……」
自らの為に北の大国に密航させてほしいとは、口が避けても言えない。レヴァナントは苦しい視線を海へと逃すのであった。
◆
港から程近い小屋に案内されたレヴァナントとタナトスの前に、褐色の体躯の良い男が湯気の立つ湯呑みを並べていた。ニカッと真っ白な歯を出して笑う男はいかにも漁師といった風貌だ。
軽く会釈をすると2人はキョロキョロと小屋の中を視線で眺めていた。
ーー船長ッ!少しこっちに来てください
乗組員とみられる男がブックマン船長を呼んでいた。
ーーすまない、ちょっとあそこで待っててくれ!
彼は一人の船員に案内する様に伝えると、何処かへと行ってしまったのであった。
「……中……いや、船長が戻ったら俺が話すからな。適当に話を合わせろよ」
ボソリとレヴァナントが呟いた。タナトスは不思議そうに尋ねてくる。彼女の質問に答えずレヴァナントは出された茶を飲みながら呟いた。
「いいから……船に乗るために必要なんだよ」
タナトスは首を傾げたまま聞いていた。
「……いやぁ悪い、待たせたな! 」
豪快に扉が開かれると船長が戻ってきた。レヴァナントは座りながらも背筋を伸ばす。
「それで、俺達の船に乗ってどこにいきたいんだ? 場所と目的によっては出来ん相談ではないが……」
「そ、それは……」
ブックマン船長は2人をまじまじと見つめている。苦しい表情でレヴァナントは話し始めたのであった。
「縁あって人買いに連れられていた、この少女タナトスと出会いました。彼女を故郷に帰すべく、北の大国を目指して旅をしています。聞けば彼女の親は病に伏しており、借金の抵当として連れ去られて来たそうで。見知らぬ異国にたった一人、連れてこられた可哀想な彼女を助けたいッ! しかし、北の大陸に船で渡ろうにも身分を証明できない彼女には、通行証は発行することも出来ません。そこで、どうか、ブックマン船長のお力をお借りしたいのです」
レヴァナントは時折、立ち上がったり、拳を振り上げたりと、なんとも臭い演技で熱弁する。そんな彼の隣に座るタナトスはキョトンとしながら聞いていた。
話終えた彼は自分でもあまりに胡散臭い芝居に、少し不安げな顔で船長を盗み見た。
「なんて不憫な話じゃねぇか……」
ブックマン船長は目頭を抑えて鼻をすすりながら、何度も頷いていた。予想外の手応えを感じたレヴァナントは、これでもかとダメ押しの一言を投げ掛けるのであった。
「彼女にはとても仲の良い姉弟がいるそうなのですが、皆バラバラに人買いに連れて行かれたそうです。病床に伏している彼女達の両親の気持ちを考えると、とても胸が張り裂けるような切ない話です……」
立ち上がって話すレヴァナントの服の裾を、隣のタナトスが引っ張っていた。
「……私、人買いになんて売られてないです。それに両親も健在ですし、姉弟だって売られてません」
「……いいから、合わせろ。こう言う話に弱い人なんだよ」
ボソボソと後ろ向きで話す2人の耳に、一際大きな唸り声が聞こえた。2人が驚いて振り返ると、船長が叫び声にも似た泣き声をあげていたのであった。
「可哀想な話じゃねぇかよ……よぅし、わかった。俺達もできる限りの力を貸そう! 」
船長の言葉にレヴァナントは小さくガッツポーズをして喜ぶ。隣で座るタナトスはどこか不満そうな表情で彼を見ていた。
「だが、まぁな。すぐにでも送り届けてやりたいんだけどなぁ……」
ブックマン船長は急に弱々しくため息をついていた。
「さっきも言ったろ? 俺はこの村の自警もしているんだよ。北方の海峡からやって来る密漁船、海賊どもの相手をしなければならんのだ。初めのうちは、あの装甲船の火力で簡単に蹴散らせていた。しかし最近になって奴等、厄介なことに北の魔法兵器を備えてきやがって。西の兵器と北の魔法じゃ相性が悪すぎてなぁ、想像以上に苦戦を強いられているんだ……」
ため息混じりの弱々しい声が漏れる。下船した時の猛々しい大男が嘘のように萎んで見えた。
「魔法を使う海賊!?」
タナトスは急に嬉々とした声をあげると、嬉しそうに目を輝かせたのであった。そんな彼女の変化に、何か嫌な予感を感じるレヴァナントのであった。
登場人物紹介5
ロック・ブックマン船長
元西国空撃団中佐で、当時の爆撃隊の英雄。現役時代は「爆撃の鬼」と敵国から恐れられていた。
傭兵時代のレヴァナントの元上官で、豪快な性格は昔から変わっていない。
熱血漢な彼にしごかれたレヴァナントは、やや苦手意識を持っている。
退役後の現在は、装甲船グロワールの船長兼、漁師。