Ep.108 天獄の真相
「オーディンから手に入れた情報により、南国の戦況は一気に変わっていった」
静かな口調でアーレウスはまた語るのであった。
「その中でも特に重宝されたのが、魔方陣を用いた擬似的な魔法の数々だった」
大量の近代兵器を用いた西国は大戦初期、技術力で南国を圧倒していた。しかし、北国の魔法兵器を手に入れた南国はその逆境を一転させた。西の港でかつての上官から聞かされた話をレヴァナントは思い出すのだった。
「不可視の防壁……そこの飛空艇の操縦者もソイツにやられたと言っていたよ」
「そうだ。今でも地上の大聖堂は同じように見えないの柱で空の上の天眼を支えている」
「すごいね、空の上に人がいるなんて。まるで天国みたい!」
タナトスが目を輝かせて口を挟む。レヴァナントは難しい表情でさらに尋ねた。
「南国を動かしている連中は、空で一体何をやっているんだ?」
「天国か……自国の利益しか考えない権力者達にとってまさにそうだったのだろうな。だが現実はその真逆だ」
アーレウスは嘲笑するように語るのであった。
◆
「お前らが探している大聖堂……聖血の他にも、天眼にはそれを含めて三つの大聖堂があると言ったのを覚えているか?」
「ああ、妹そこに引き取られた。あの時はただの聖職者の施設だとばかり思っていた」
レヴァナントは眉を寄せる。幼少の妹を養子に出した過去の彼は、何の疑いもなくその幸せを願っていた。
「聖血、聖肉、聖骨の三つはオーディンから手に入れた秘術を南国の力へと変えるための実験施設。そこで生まれたのが南国人の特異体質、煉気因子だ」
「――なんだってッ?!」
身を乗り出す彼に掌を広げて止めると、アーレウスは続ける。
「北の魔方陣とオーディンの秘術。この二つを擬似的に南国人に組み込む……天眼の大聖堂とはいわば、巨大な人体実験場だ。聖血は【壊蝕】、聖肉は【侵蝕】、聖骨は【異蝕】そこで煉気因子は精製されていた」
言葉を亡くしたレヴァナントは、震える拳を握りしめて彼の話を聞いていた。
「煉気因子の正体は肉体に植え付ける事で体内で魔法を発動し続ける細胞魔方陣。運良く生まれた実験体の第一号以外、聖骨での成功例を俺は知らない」
「それが、あんただって言うのか……アーレウス……」
「ああ。連中は実験の成功を大いに喜んだ。しかし、俺に続く成果が得られない奴等は次の手法を考え付いた。それが実験の第二段階、聖肉大聖堂」
「第二段階……?」
弱まる焚き火に薪をくべると、アーレウスの顔はさらに曇った様に見えた。
「聖肉で行われたのはソレは非人道的で……奴等は後天的に備える事が難しいならばと、間接的に産まれる前の身体に植え付けるという悪魔の所業を用いた」
「産まれる前って……まさか」
「……臨月間近の母体を集め、その身体に因子の種を植え付ける。母親は子を産み落とすと同時に死ぬが、母体を通して因子は子へと侵蝕する」
薪を呑み込んだ赤い炎が勢いを増して立ち上る。
「こうして産まれたのが先天的な因子持ち。察しの通りティナが幼くして亡くした親は、間違いなく聖肉の被害者だ」
「なんだよそれ……ふざけんなッ……そんなこと、どう考えても許される事じゃねぇだろッ?!」
「レバさん……」
怒りをぶつけるようにレヴァナントは声を荒げる。タナトスは彼の肩に手を置いてそれを止め、眉を下げてアーレウスを見つめた。
「いいんだお嬢ちゃん、レヴァナントの言う通りさ……終戦間際、俺は天眼の真実を知った。それまで己の武勲だけに囚われていた俺の目は節穴だったと気がついたのも死神のお陰だ、自らのこれまでは恥と欲にまみれ、人としての大切な物を見失っていたんだ」
「……それを知って、あんたはどうして騎士を辞めたんだ。そんなくだらねぇ計画、ぶっ潰さなきゃ不幸な人間が増えるだけだろ!?」
攻め立てるようなレヴァナントの言葉に、戦王の姿はまるで萎んだ様に映る。
「そうだな……俺は何も出来なかった。いくら強かろうと所詮一人の力なんてちっぽけなものだ。真相を知り得た俺は聖肉大聖堂に集められた女達を逃がした。そして騎士達を集め、中央指令本部へのクーデターを計画した……結果は、この現状を見れば解るだろ?」
「……あんたは、何故、今でも平気でいられるんだ。ソイツらは首謀者を見逃すほど甘い連中なのか?」
「愚問だな、奴等は初めから俺の素性を知っていた。戦王と呼ばれた俺を捕らえることが出来ないと踏んだ権力者達は、騎士名の剥奪と交渉のカードにする事で丸く納めたのさ」
「まさか……北が正式に同盟を認めた理由って……」
北国の王候補が敵国で虐殺にも似た非道を行っていた。それを知った北の国民は間違いなく現王国体制に不信感を覚えるだろう、南はそれを脅迫材料に同盟の約束を取り付けたのであった。
「そこからの結末はまさに急転直下。すべての罪は裏切り者【戦渦のオーディン】に着せられ、北は血縁者共々極刑に処した。そうして俺は無罪放免だ。ただしこの南国からは出ることは出来ない、出国は厳しい監視下に置かれている。まぁ、今となって行く宛もない俺には関係のない話だがな……」
「そんな事って……」
両手で口を覆ったタナトスは顔を伏せる。レヴァナントも煮え切らない感情を押さえるように唇を噛んでいたのであった。
◆◆
『――ザザッ……』
暗闇の続く森の中、草木を踏みしめる音が耳朶を打つ。それに気付いたレヴァナントは辺りを警戒するように見渡す。
「どうしたの、レバさん」
「……誰か、こっちに近付いてきている」
「もしかして、ティナちゃんかな?」
タナトスは顔を立ち上がると辺りに目を凝らした。声を上げようとする彼女をレヴァナントは慌てて止める。
「足音が複数……それもかなりの数。うちの弟子ではなさそうだ」
アーレウスは目を細めて酒を飲み干すと、剣に片手を伸ばした。頷くレヴァナントは足で焚き火を掻き消す。
『……ヒュゥッ――』
風切りの音と同時に赤く光る物体が飛び出る。灯りが周囲を照らす前にレヴァナントの黒蛇がそれを撃ち落とす。
「……どう見ても、狙いは俺達みたいだな」
「……いや、今の牽制から見て狙いは俺達の後ろだった」
背を会わせて剣を抜いた二人。タナトスは慌てて寝入るカジナドを起こした。
「まさか、飛空艇を狙っているのかッ?」
レヴァナントが視線を後ろへ逃がすと、瞬く間に赤く燃え盛る矢の雨が飛空艇目掛けて飛び交った。
「させるかよッ――」
巨大な黒蛇は燃え盛る火矢を凪払うように蛇行する。いつしか幾つもの人影が暗闇の中で周囲を取り囲んでいたのであった。
「なんなんだよコイツらッ!」
レヴァナントは剣と銃を辺りに向ける。
「わからん。ただ、行き当たりばったりで襲って来たにしては数が多すぎる」
アーレウスも大剣を手に取るとぐるりと辺りを見渡した。宵闇と共に無数の影が草木を揺らしたのであった。