Ep.99 死神から与えられたモノ
「なんでティナの口から奴の名前が出る?! まさか……お前らやっぱり終焉王の――」
「レヴァナントこそ、まさかオルクスに会ったの? 彼は今何処にいるの?!」
二人は互いに声を荒げ尋ね合っていた。感情的になる二人を見て師匠は一喝を入れる。
「少し黙れ」
顔を強ばらせるアーレウスに一瞬怯んだレヴァナントであったが、すぐに食いしばる口を開く。
「これが黙ってられるかよッ、あんた達とオルクスが師弟だって? アイツはネストリアを――」
「襲撃したんだろ? レヴァナント、この間のお前の話を聞いて何となく察していたさ」
思わず言葉を詰まらせるレヴァナントに、アーレウスは続けた。
「お前の疑念は俺の名を聞けばすぐに解けるさ」
「……あんたの名前が何だっていうんだよ?」
やれやれと言ったため息を漏らすとアーレウスは静かに呟いたのであった。
「俺の名はオルティア・【ティール】・ネストリアス。十七番目の王位継承候補だ」
「あんたが……北の王位継承者だって……?」
◆
驚愕するレヴァナントは口を開けたまま、何かを呟きかけては止める。混乱する頭の中には声にならない言葉が入り乱れていたのであった。
「まだ解せんと言った表情だな。それなら少し注釈してやる、ネルトリスの王位継承者は全部で二十五名。現在の王は十一番目の【イース】だ。オルティアの代で継承出来るのは、多くとも恐らく後二人位なものだろうな」
事も無げに言い放つと、アーレウスは倒木に腰をおろした。レヴァナントはまだ困惑したように言葉を詰まらせている。
「北の王は代々、複数名の候補者を用意する。幸か不幸かその候補に選ばれた者は産まれながらにして番号を背負わされ、国を守る人柱となる為に育てられる。俺達の代はあの世界大戦があったが為に十一番まで入れ替わったが、本来であれば三番目か四番目までが適当だろう」
「ちょっと待てよ、アーレウス(あんた)は北の王族なんだろ?! それがどうして南の戦王なんて言われて――」
「レヴァナント、それには訳が……」
口を挟もうとするティナをアーレウスは一言で止めると、応えるように続けた。
「さっきも言ったろう? 俺は十七番目。普通に考えて王位が廻る筈もない、早くからそれを知らされた俺は国を出た。金もない、身寄りもない俺は当然のように路頭に迷った。それでも南の街角で悪事を働き生き延びていたものさ。悪童と忌み嫌われながらも生き延びていたある日、アレス流剣術の開祖である我が師に拾われた。師には本当に感謝しても、しきれない……」
アーレウスは夜空を見上げて語り続けた。
「師の元で剣を学び、人としての理を教わった。皆伝の許しと同時に俺は騎士に成った。騎士の世界はそれまでにない程自由だった。純然たる力のみが物を言うその世界は俺にはとても心地よかった、初めて生きている気がしたよ。そして、いつしか俺は戦王なんて担ぎ上げられて舞い上がったもんさ。【戦王アーレウス】は誰にも屈しない、必ずや南に勝利を導かんと。だが……そんな俺の鼻を折ったのは、極々平凡な一人の華奢な死神だった」
「それがタナトスの母親……ユクス・リーパーか……」
レヴァナントの呟きに頷いたアーレウスは、今度は自嘲気味に口を歪めて言った。
「彼女は、まさに先天の霹靂。あの夜、初めて目にした東の呪術とやらに俺は完膚なきまでに打ちのめされた。そうして一方的な決着といった時、止めの一撃を繰り出さない彼女に俺は怒声を飛ばした。だが彼女は言った、お前はまだ命の本当の意味を理解をしていないと……答えを探して生きろとそう言った。皮肉だろ? 情けを掛けることが俺にとってこの上無い屈辱と死神は知っていたのさ、そうして生き延びた命で何かを探せと言い放ちやがった」
深いため息ををつくアーレウス、レヴァナントには彼の肩に手を置く会ったこともないタナトスの母親の姿が見えた気がした。
「俺はそれから騎士を辞めた。死神の言った通り今度は自分の生き方を見つけようとしていた、方々を巡り見聞を広げようとな。旅路で訪れたフィロドロンで頭の悪そうな顔したガキが二人、追い剥ぎしようと俺の目の前に現れた」
「うッ……ちょっと、し、師匠……」
顔を赤らめるティナに軽く笑うと、アーレウスはまた息をついた。
「オルクスとティデイナ。コイツらは本当に手のかかる糞ガキでな。礼儀の一つもわきまえない大馬鹿野郎だったよ。……だが、俺にとっては初めて見つけた安息だった。死神からもらった生きる意味は確かにあった」
「安息……オルクスはあんたと同じ王族だろ? 何故フィロドロンで孤児なんてやっていたんだよ」
レヴァナントはそう言って二人を見る。顔を伏せるようにティナは視線を逃がし、アーレウスは静かに首を振った。
「さっきも言ったろう。王族なんていっても順番があるのさ。オルクス・オセル・ネストリアス……アイツの場合は二十三番目だ。奴が俺と同じ境遇だと気づいたのは首に彫られた印を見た時だ。ほら……」
首にかかる長髪を掻きあげたアーレウスは、レヴァナントに見えるように首を傾げた。彼の首筋には崩れた文字のような刺青が確かに刻まれていたのであった。
「これが十七。アイツの素性を知った時、俺は幼い自分を重ねたよ。そして師が自分にしてくれたように、俺もコイツらに全てを与えようとしたさ。まあ、それがこれだけどな?」
「し、師匠、私はそんな――」
ティナはまた慌てたように頭を振る。大袈裟な彼女の態度にアーレウスは声を上げて笑っていた。
「まぁ、そんなところだ。オルクスの話はまた話してやる……これが俺達のこれまでだ。レヴァナント、府に落ちたか?」
微笑む戦王は誇り高いように尋ねていた。彼の言葉に嘘が無いとは言いきれない、それでもレヴァナントは彼のその生を信じてみたくなったのである。
「……ああ、取り乱して悪かった。ティナ、さっきのお前の話し、聞かせてくれないか?」
星のない夜は、まだ深い藍色を空へ塗り潰していた。