Ep.96 戦王宅の食事事情
あれから数日レヴァナントは連日、戦王アーレウスとの鍛練に励んでいた。陽の高い昼間は戦闘基礎訓練、不死身の夜は実戦形式の組み手。昼夜問わず行われる戦王の修行は、文字通り死ぬ程過酷を極めたのであった。
「よし、今日もしっかり食って張り切って行くぞ」
アーレウスは山盛りの料理を並べて檄を飛ばす。ここ数日、毎日の様にこの小屋で朝食を取るのが日課となっていた。
「いただきますっ。今日も美味しい!……レバさん大丈夫?」
「ああ、なんとか」
日を増す毎にボロボロになってゆくレヴァナントは、無理やりに食事を口に運んだ。夜の間は不死身で回復するものの、朝になればその反動のように全身をずっしりとした疲労が襲っていたのだ。
「あんな無茶な修行してたら、そりゃそうなるのはあたりまえよ。今日で5日目、そろそろ本当に倒れるわよ?」
連日の鍛練を共にしているティナは呆れ顔で言う。アーレウスの扱きは普通の人間ならば確実に死んでしまうほどの苛烈を極めていたのである。
「心配無用さ、生憎おれは不死身なんでね。ようやくアーレウスの動きにも馴れてきたところさ」
強がるレヴァナントの言葉に、アーレウスは口を挟む。
「そうか。なら今夜からは俺も4割程度力を出そう」
「あれでまだ半分以上も手を抜いてるのかよ?!……まったく、とんでもねぇオッサンだぜ」
憎まれ口に笑うタナトスとティナにつられて、レヴァナントの口元も自然と緩んでいた。
「悪いなタナトス。あと10日ちょっとはここで足止めになっちまうが、必ず勝ってみせる」
「うん! でも私、毎日こうして美味しいご飯も食べれて満足してる。街に行くと色々楽しい事もあるし、もう少し長くても構わないよ?」
美味しそうに食事を頬張る彼女はあっけらかんと述べた。
「そういや、お前。昼間俺達がいない間何してるんだ?」
「おじさんから頼まれた買い物の後フィロドロンの街を探索してる。新しい友達もたくさん出来たんだ」
よほど嬉しいのか口早に語る彼女に、レヴァナントは楽しそうで何よりと呆れて笑う。
「この食事も嬢ちゃんに買い出しして貰えてるお蔭だ。悪いが今日も頼むな。ティナ、夕刻はまた手伝ってやってくれ」
「はぁ……」
「任せといてっ!」
眉を寄せるティナと対照的に、タナトスはわざとらしく胸を叩くのであった。
◆
国境の街フィロドロン、使いを頼まれたタナトスは嬉しそうに歩いていた。
この街は南と北を結ぶ大きな拠点であると同時に、陸路で運ばれる物資流通の要なのである。大きな荷物を市場へ運ぶ牛車や、それらを買い求めにやってくる人々。日々変わる光景は眺めていて飽きたらないのであった。
「おや、今日もお使い? タナトスちゃん、あんた偉いわねぇ」
「おばさん、今日は卵と牛の肉をちょうだい」
5日あまりの期間で既に幾つかの店主と顔見知りに成っていたタナトスは、次々と店を廻っては買い物を済ませて行く。
「はいよ、いつも通り騎士の寄所に運んでおくから。あと……これはオマケ、今日も沢山ありがとね」
人懐っこい彼女を市場の店主達は揃って気に入った様子で、どの店でもオマケと言って色々持たせたのであった。
「うわぁ……お団子、こんなにたくさん。おばさん、どうもありがとう」
買い集めた食材は騎士達が集まる寄所へと運ばれ、夕刻にティナと共に持ち帰る手筈になっていた。その初日自分宛に届いた大量の食材に、何も聞かされていなかったティナは呆然としたのは云うまでもない。
「今日も沢山貰っちゃった。さてと、カチクさん達でも見に行こうっと」
タナトスは両手でオマケの入った袋を抱き抱えると、昨日と同じ町外れの目的地を目指す。
「おおぅ、タナトスちゃん。今日も来たのか、また餌やりやってくか?」
ついた先は出荷前の家畜を管理する農場である。広い区画を柵でしきられたその平野には、牛や馬、はたまた見たこともないような珍しい生き物で溢れているのである。
「うんっ、やる!」
この農場を管理する老夫婦も、毎日のように家畜を見に来る彼女とはすっかり顔見知りなのであった。
「あれ、今日は私以外にも見に来てる人がいる……あの子も動物好きなのかな?」
少し離れた場所で家畜を見つめる黒髪の女の子の姿に、タナトスは興味を示した。
「こんにちは! あなたも動物が好きなの?」
タナトスが声をかけて駆け寄ると、黒髪の少女はチラリとも見ずに一言だけ答えた。
「……別に。哀れんでいただけ」
「哀れむ?」
聞き返すと少女はようやくタナトスに一瞥をくれて、また短い言葉を投げた。
「……この先自由とは程遠い誰かの命令で生きるなんて酷でしょ。この家畜達もいずれはその命を軽々しく消費されるだけよ」
少女は冷たくいい放つ。その言葉の意図が理解できないタナトスは、それまで見てきた誰かの真似をするように眉を寄せてみる。
……ぐぅぅぅー
突拍子のない腹の音にタナトスは呆然と少女を見た。確かに聞こえた腹の声はタナトスを明るい笑い顔へ変えていたのであった。
「これ、さっきお店の人達から貰ったの。よかったら農場の人達と一緒に食べない? 私一人じゃとても食べきれないんだ」
はち切れんばかりの紙袋を抱えあげてタナトスは言う。黒髪の少女は少し迷ったように間を空けたが、遠慮がちに首を縦に振るのであった。