Ep.95 東の死神
レヴァナントの話しに耳を傾けていた師弟は、にわかには信じられないと言った表情で聞いていた。彼の話に出てくる「不死身」や「神話」といった非現実的な表現に困惑するティナと、顔色一つ変えないアーレウス。冗談話のような話を真剣に語るレヴァナントに何も言わずに黙っていたのであった。
「正直俺だって、すべて信じてくれるとは思ってない。ただ、北と東が襲撃された事を見ると近いうちにこの南にも奴等は手を伸ばすはずだ。いや……妹の件といい、もしかしたらもうすでに奴等は……」
ひとしきり語り尽くすとレヴァナントは顔を落とした。
「あなたの話が本当なら、賊がこの国で暴れればすぐにでも騎士団が動くはずよ。東の事はよく知らないけれど、手練れの魔導士が固めてる北が簡単に襲撃されるなんて信じられない」
ネストリア王の件についてはあえて詳しい言及を避けたレヴァナントは、懐疑心を持つティナを歯痒く見た。北と南は同盟国とはいえ、やはり王不在の非常事態までは伝える事が忍ばれる。
「俺は逆に東が敵の上陸を許した事の方が信じられないな。あの国の全域には結界のような異能の力が働いていたはず。大戦中我が国の騎士達が海上からの進行を目論んだが、幾度となくその力に阻まれた。それに……」
アーレウスは言葉を止めると、顎に手をおいて額に深い皺を浮かび上がらせた。
「俺自身……戦いの中で敵に冷や汗を流したのは後にも先にも一度きり、東国の死神と合間見えたあの時だけだった」
戦王アーレウス程の男が敵前にして気圧される程の相手、ティナは驚いたように目を丸くしていた。
「師匠にそこまで言わしめる相手が、この世界にいるなんて」
「自惚れも甚だしいが、全盛期の俺も自分より強い相手などこの世に存在しないとさえ思っていた。しかし彼女の異能を始めて見た時、俺は井の中の蛙だと思い知らされた。……あの【死神リーパー】と対峙した時にな」
「……いッ、今なんてッ?!」
レヴァナントは戦王の声に耳を疑い、すぐに聞き返していた。アーレウスが大戦中に対峙した死神リーパーという人物、間違いなく思い当たる彼女を見る。タナトスは彼の視線に気がついたのか、首を振って笑うのであった。
「それは私じゃないよ? たぶんおじさんが言ってるのは、お母さんの事だと思う」
「お母さん……?」
「やっぱりそうか、その蒼白い髪色に独特な修道服……どこかで見覚えがあると思っていた。お嬢ちゃん、名前を聞いていいか?」
口に入れた食べ物を急いで呑み込むタナトスは喉を詰まらせたのか苦しそうに呻く。慌ててティナが彼女に水を飲ませると、ようやく落ち着いたのか深く息を吐いた。
「……フゥ、死ぬかと思ったぁ。私の名前はタナトス・リーパー。リーパー家九十九代当主です! まだ、仮だけど」
恥ずかしそうに笑う彼女に、それまで一切顔色の変わらなかったアーレウスが目を見開いて驚いていた。取り乱す師の姿が余程新鮮なのか、ティナも口を開けて呆然としている。
「まさか、本当にあの死神リーパーの娘だったか……これはなんとも……まさかの巡り合わせってモノは、日に何度も在るものだな」
◆
彼女の名を聞いて何故か嬉しそうに笑うアーレウスに、レヴァナントとティナは顔を見合わせる。当のタナトスはすでに並んだ食事へと向き直っていた。
「ハハハッ……そうか……それなら何が起こっても仕方ないって訳だ……わかった。レヴァナント、お前の話を信用しよう」
「そ、それなら、やっぱり特区について――」
「それは出来ないな。ただ、昨夜も言った通りお前が俺に勝てれば話は別……そこでだ」
たった今さっき完敗した相手に今のレヴァナントでは到底叶う願いではない。悲観の色が浮かぶ彼にアーレウスは笑みを浮かべて告げる。
「レヴァナント、お前しばらく俺の元で鍛練してみないか? なぁに、不死身のお前ならすぐに俺の剣技を習得出来るはずだ。二週間後にまた俺と戦え、それで勝ったら全てを話してやる」
「えっ、ええぇっ?! し、師匠、そんなっ、いきなり何を?!」
突然の事態に声を荒げる弟子に、アーレウスは耳を塞いで一喝する。
「ティナも同時に修行つけてやるから心配するな。こんなボロ屋をわざわざ訪ねて来たのも、今のままじゃ手に追えない理由があるからなんだろ?」
「うっ……そ、それは……」
お前はどうなんだと云わんばかりにアーレウスは眉を上げて料理の乗った皿を差し出した。思いもよらない戦王の提案に、レヴァナントは覚悟を決めた様にそれを受けとる。
「……ああ、宜しく頼むッ!」
急に沸き上がる空腹感に、レヴァナントは夢中で目の前の料理を掻き込むのであった。