Ep.94 南の不壊人
「ふわぁ……レバさん、終わったぁ?」
ローブにくるまり大きな岩の上で眠っていたタナトスは、眩しい朝日で目を覚ました。昨晩見ていたものとはまったく違う森の景色、彼女は折れた木々の中を歩き出す。
「あ、ティナちゃん!」
打ち捨てられたように地に伏せるティナの姿を見つけ、すぐに駆け寄る。肩を揺すって呼び掛けると、彼女は頭を抱えて起き上がった。
「……ん、うぅん……ここは」
「こんなところで寝ちゃったら風邪引くよ。ティナちゃん、レバさんはどこ?」
まだぼんやりと辺りに目を向けるティナは、遠くに投げ出された自身の剣を見て目を見開いた。
「――そうだっ、私は師匠に気絶させられて、レヴァナントと師匠は?!」
剣を拾い上げたティナはまだ覚束無い足で辺りを探し始めた。慌てて追いかけるタナトスはフラフラと歩く彼女を支える。倒木に脚をとられながら二人はいっそう荒れ尽くした方へと進んだのであった。
「ティナちゃん見てっ、あそこ!」
「レヴァナントっ!」
巨木を背にぐったりと頭を垂れる男を見つけた二人は叫びながら近づく。二人の声にまったく反応を示さない彼に不安を覚えるも、小刻みに動く肩にほっと胸を撫で下ろしたのであった。
「レバさん、大丈夫?」
「タナトスか……あ、ああ、指一本動かせないが……何とかな」
「無事で良かった。師匠はどこへ?」
弱々しく顔を上げたレヴァナントは顎の先で指す。視線の先には胡座をかいて寝入ったアーレウスの姿があった。
「それで勝負はどうなったの」
タナトスの声に首を横に振ると、レヴァナントはまた項垂れる。声が詰まるティナも曇った表情で彼を見ていた。三人の声に気がついたのか、アーレウスも欠伸混じりで起きたのだった。
「……うぅん、お? お前らやっと目が覚めたか」
「師匠……」
悔しさを噛み締めるようにティナは口を紡ぐ。項垂れるレヴァナントもまた、小さく何かを溢す。
「うーん、良く寝た、いい朝だ。残念だったな、時間切れで俺の勝ち。約束通り特区について、俺は何も語らない」
「ちくしょう……」
「そう蔑むな、お前もなかなか健闘していた」
悔しがるレヴァナントに手を差しのべると、アーレウスは肩を貸して起き上がらせる。呆然とするタナトスとティナに一言告げて歩き出した。
「とりあえず俺の家まで戻るか」
荒れ放題の森の中を脚を引きずるレヴァナントは、言われるがままに彼の家へと向かうのであった。
◆
「うわぁ、すごいっ! おじさん強いだけじゃなくて、料理も出来るんだね」
「おかわりもあるからな。ほら、ティナも沢山食って身体を作れ」
「は、はいッ」
アーレウスの家に招かれた三人は、思いもよらない持て成しを受けていた。並べられた大小様々な皿の上には山盛りの料理が盛り付けられてゆく。派手な見映えではないものの、次々と品を作るアーレウスの姿にタナトスは目を輝かせたのであった。
「いつまでしょげてる気だ。ほら、お前も食え」
男はようやく身体を動かせるまで回復したレヴァナントに食事を手渡す。一向に手をつけようとしない彼にアーレウスは肩をすくめた。
「……一つだけ聞いていいか」
「なんだ? さっきも言ったが特区については何も答えないぞ」
思い詰めたような溜め息の後、彼は口を開いた。
「ティナにやられた腕の怪我は一瞬で治っていた。アーレウス、本当に種持ちじゃないのか?」
種持ちという言葉にフォークを咥えたタナトスは、深刻な表情のレヴァナントを見る。ティナは知りえない二人の話しに、困惑したような顔で師を見ていた。
「さっきも言っただろ? 俺にはその「種」ってのがわからない。俺の身体をが再生したのはあくまで体質的なもので――」
「あんな大怪我が体質どうこうで一瞬のうちに治るかよッ!? あの再生の速度、間違いなく不死の力としか考えられない。もしもアンタが向こう側の人間なら――」
「……あ。種ってもしかして、煉気因子のこと?」
口を挟むティナをアーレウスが鋭い眼光で睨む。しまったという表情の彼女は慌てて口を塞いだ。
「……まったく。本当に口の軽い馬鹿弟子だな」
「クリムゾン、ギア……?」
失言を聞き逃さなかったレヴァナントは身を乗り出すようにアーレウスを見る。仕方ないといった様に彼は応えた。
「煉気因子。南国人の一部にはそれを持った特異体質の者がいる。細かい事は割愛するが、簡単に言うと人間の身体機能を爆発的に高める事が出来る」
「それが昨晩の超回復なのか?」
アーレウスはまた新たな料理を並べ置くと頷いた。
「超人的な頑強さの煉気因子を持った人間は、この国では【不壊人】なんて呼ばれてる。俺やティナもそれを持った人間だ」
「不壊人……デュランドール人ってのは、だからあんなに近接戦闘が得意なのか」
信じられないと言った様子のレヴァナントに、今度は師の顔を伺いながら遠慮がちにティナが口を出す。
「上位の騎士の中にはその因子を持った人達もけっこういるの。この国の安寧を守る為にその力を奮っているのよ」
弟子の言葉に鼻をならすアーレウス。小さく謝るティナに目もくれず彼はレヴァナントにまた告げる。
「こちらは重大な秘密を話したんだ。お前の言う【種持ち】ってものも聞かせて貰わないと割に合わないな。察するに……お前が必死に探してるっていう妹も、それに関係しているんじゃないか?」
「……アーレウスとティナを信用していいんだな?」
黙したまま頷く二人に、レヴァナントはチラリとタナトスを見た。口一杯に食べ物を詰め込むタナトスは、彼に応えるように首を縦に振る。
レヴァナントはこれまで知りえた終焉王の事、そして不死身の種持ちについて二人に話し始めたのであった。




