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呪われ不死者の七つの死因【セブンデスコード】  作者: 夏野ツバメ
西の大国【軍事総領ヴァルハラ】編
10/199

Ep.10 白煙

Ep.11は11月10日更新予定です

追い詰められた侵入者はなにやら呟いた後、首に毒の針を突き立てて自決した。倒れると同時に現れた巨大な壁に兵士達は戸惑っていた。

 

 突如として現れた分厚い木製の二枚の扉板は鈍い音を立てた後、勢いよく開かれた。真っ暗な扉の向こう側から白い煙が吐き出され、辺りは瞬く間には霧に包まれたように霞む。一瞬にしてわずか数メートル先も見えなくなるほどに白けたのであった。


「煙幕に気を取られるな、侵入者を絶対に逃がす事は許さん」


 甲冑を纏った兵隊長は声を張り上げて士気を高める。得体の知れない煙に視界の悪くなる広場で、兵士達は警戒を強めていた。



「ーーあの影は……」


 夜視ゴーグルを身に着けた一人の兵士が、白煙の中に動く影を視覚に捕らえた。装備品から同胞ではない事をすぐに判断すると、腰に下げた剣に手をかけて忍び足で近付いてゆく。


「そこだッ!」


 兵士の剣は侵入者の胴を貫いた。

 依然として視界は悪くなる一方だが、刃をつたって滴る感触には確かな手応えがある。


「ーーな、何を……」


 貫かれた侵入者は何事かを呟いて倒れる。ゴーグルを着けた兵士は自らの武勲を喜ぶように笑いだした。その笑い声に呼び寄せられ、他の兵士達も集まってくる。


「貴様ッ……なにを……何をしているッ!?」


 側に駆け付けた別の兵士が異変に気付いた。胴を貫かれ倒れる侵入者を見て叫び声をあげている。


「兵隊長を刺し殺すなど、貴様も逆賊のスパイかッ?!」


 ゴーグルを着けた兵士は慌てて否定した。


「俺は侵入者を葬ったんだ!」


「ーー侵入者だ!」


 ゴーグルの兵士は背後から一太刀のもとに倒れる。その姿を見た別の兵士が狂ったように笑い始めていた。別の兵士からは苦しそうな息遣いが聞こえる。


 白煙は不気味に深く広がる。兵士達は皆揃って、異常な行動を始めていた。響き渡る兵士達の奇声は次第に、苦痛を訴えるような声色に変わってゆくのであった。






「この前とは違う扉だな。あの不気味な金切り声も聞こえない」


 不死者の力により生き返ると、すぐにタナトスの隣に駆け付けていた。


罹病門(りびょうもん)は病死、毒殺によって捧げられた命で開きます」


 七死霊門(セブンホーンテッド)を開いてご満悦なはずのタナトスは何故か浮かない顔で話していた。


「あの煙が、七死霊門の怨霊なのか?」


 レヴァナントは扉から沸き立つ白煙を指差して尋ねる。広場を見つめながらタナトスは、また不機嫌そうに話し始めた。


「罹病門はあらゆる毒性を兼ね備えています。扉から吹き出す病原霧(ビールスフォグ)に触れた生物は幻覚症状から始まり、神経毒による麻痺、内臓破壊、意識障害、呼吸不全。さらに肉体の死を超えても身体を蝕み続けます。一時間もあれば骨すらも溶けて残りません」


 仏頂面でタナトスは続ける、レヴァナントは彼女の表情を訝しげに覗き見ながら聞いていた。


「なんだか、この人達にはモヤモヤします」


 初めて見せる表情のタナトスに、少し驚くレヴァナントであった。




 朝日が昇るまで扉から吹き出す霧は途切れなかった。

 タナトスの言った通りに数分後には悲鳴や奇声は消え失せ、煌々と照らされた広場には兵士達が纏っていた遺留品だけがあちこちに散らばっていたのであった。


「フゥ……なんだかスッキリしました!」


 タナトスの表情はいつもの屈託ない笑顔に戻っていた。気の抜けたようにレヴァナントは呆れ笑いで座り込んでいる。


「ほんと……呪士ってのはとんでもないな」


 皮肉にも、またこの呪術と不死に助けられた事を笑ってしまう。


 タナトスは死柱(しちゅう)を地面から抜き取ると、手を差し伸べていた。頭を掻いて深く息をつく、レヴァナントは彼女の手を取り立ち上がると出口を目指して歩きだした。


 そんな2人の耳に遠くで響く、叫び声が聞こえたのであった。


 ーーオーイッ! 2人とも無事かァー……


 声は岩場の奥から響いてくる。顔を見合わせる2人に今度ははっきりと野太い声が届いた。 

 

 ーーいたぞ……あそこだッ! 

 ーーおぉッ! 無事だったか


 岩場の奥から現れた数人の男達は2人に気がついて手を振っている。2人は目を丸くして驚いた。広場から逃がしたはずの集落の男達が、めいめいに武器を構えて戻ってきていたのだ。

 

「あんた達、どうして戻ってきたんだ?」


 レヴァナントはあまりの驚きから間抜け顔で尋ねると、タナトスも首を縦に振っていた。


「俺達の命の恩人を見捨てられない! 傷ついた仲間の手当ての後、武器を集めて加勢に戻ってきたんだ」


 男達は高々と腕を振り上げて声をあげた。その姿に2人はまた顔を見合わせると思わず笑いだした。混乱する男達に、レヴァナントは広場を指差さして促した。


「もう片付いたよ。ぜんぶコイツのお陰だ」


 片手をタナトスの頭に置くと、彼女は照れ笑いで答えている。


 ーーウォォォーッ


 男達から再び大きな歓声が沸き起こったのであった。


 

 


 男達の計らいで、2人は再び集落まで帰路についていた。途中、タナトスは不安げな表情でリジェ夫妻の事をしきりに男達に尋ねていた。


「リジェもアイザックも無事だよ。あの二人こそ、あんた達に一番感謝しているだろうさ」


 男の一人がそう話すと、タナトスはどこかホッとしたような表情でため息をついた。数メートル進んではまたリジェ夫妻について尋ねる彼女をレヴァナントは不思議に眺めていた。



 ーーさっき怒っていたのリジェ達と何かあったワケか……



 男達に連れられて2人は集落にたどり着くと、すぐにリジェの家へと案内される。不安そうに下を向くタナトスからはいつもの威勢の良さがまるで感じられない。


「タナトスッ! レヴァナントッ! 無事でよかったッ__」


 扉を開けた瞬間、緑色の髪を束ねた女性が飛び出してきた。驚いた2人は思わずのけ反ると女性はタナトスを抱きしめた。


「リジェさん、私達なら無事ですよ。どこも怪我してないです……」


 苦しそうに抱きしめられた腕を叩くタナトスに、レヴァナントは思わず笑ってしまっている。


「ーー起こしてくれ、リジェ」


 部屋の奥から微かな声が聞こえた。リジェは2人を手招いた。彼女は奥の部屋で横になっていた夫のアイザックを優しく起き上がらせる。


「痛ッ……リジェから全部聞いたよ。私達の為に無茶をしてくれたそうで、心から礼を言いたい」


 アイザックは包帯の巻かれた右腕を抑えながら、時々傷が痛むのか短く声をあげながら話していた。


「いえ、そんな……私、その、腕の事……」


 アイザックの言葉にへどもどしながらタナトスが答える。レヴァナントは2人を交互に見返していた。


「あの時。君が迷わず右腕を斬ってくれなかったら、毒はすぐさま身体をまわっていた。きっと私はこうして家に帰ることも出来なかっただろう。本当にありがとう」


「タナトス、本当にありがとう。何より、あんな辛い事をさせてしまって。本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるリジェ夫妻に、タナトスも慌てて頭を下げた。


「本当に2人にはいくら感謝しても、しきれない。集落の皆もそう言っているよ。お礼にお金でもと考えたんだが、恥ずかしい話この集落はあまり蓄えがなくて……」


 ばつが悪そうにアイザックが言うと、リジェも眉根を下げる。


「金なんて受け取れない。俺達だって、半分は自分の為にやった事さ。どのみち、あの渓谷を越えないと行けなかったからな」


 レヴァナントは慌てて夫妻に告げると、二人はそれでは気がすまないと食い下がるのであった。


「それなら……」


 チラリとレヴァナントは視線を泳がせた。お腹の辺りをおさえるタナトスと目が合うと、彼女は恥ずかしそうに目を伏せたのだった。


「すこし休ませてくれないか? できれば食べ物も貰えると助かるよ」


 レヴァナントの言葉とタナトスの腹の()に夫妻は思わず笑いだしていた。家の前で待ち構えていた集落の人々も声をあげて入ってくる。


 活気を取り戻した集落では、たちまちに宴が開かれた。歓喜の雄叫びは気付けば夜遅くまで続いたのであった。



 


 

 


 

 






 


 


 

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