Ep.1 呪士 タナトス・リーパー
松明の焚かれた広場にざわめきが起こる。集まった野次馬達が柵の向こう側から罵声を飛ばし、女性や子供は目を覆うように顔を伏せていた。
『ーー戦争狂いは殺せ! 』
『ーー早く殺っちまえ! 』
『ーーお前らのせいだ!どれだけ皆、苦しんだか! 』
「静まれ! これより咎人を斬首刑に処する」
広場の真ん中から一際大きな声が響いた。
黒いマスクを着けた処刑人達が囲む中心で、両手を縛られ項垂れる男が群衆の視界に映る。
「咎人よ、言い残すことがあれば申してみよ」
鉈を持つ大男の一人が項垂れた男に声をかけると、僅かに頭が動いた。
「……ナラ……シロヨ……」
微かな声が口元から漏れた。
「なに? 今なんと申した」
大男は咎人の頭を掴むと無理矢理にその顔を上げた。
「俺を殺したいなら昼間にしろよ」
一瞬の苦悶を見せた後、不敵に笑う咎人と呼ばれる男は切れ長な目を見開いて唾をはいた。
「ーーコイツ……! あの世で後悔しろッ!」
大男が合図をすると、周りを囲む処刑人が咎人の両肩を押さえ付ける。
地面に擦り付けられるように這いつくばった姿に、野次馬の歓声は一際大きくざわめいた。
『ーー殺れ』
合図と同時に大男の構えた鉈が咎人の首に振り下ろされた。
肉を抉る刃から不快な鈍い音が響く。
耳を塞ぎたくなる誰かの悲鳴が聞こえる。
松明の揺れる光が照らす薄暗い中でも解るほど、紅の飛沫が辺りに飛び散った。
◆
『ーーおばさん。これ、なんて動物なの? 』
市場の片隅。賑わう店の軒先で老婦は掛けられた。声の出所を探して、老婦は辺りを見回した。
「こっちだよ、この檻の中の動物!」
片手を挙げて今度は少しだけ大きく叫んでみる。お店の端に置かれた木でできた簡易な檻。その前にしゃがみ込んで、中の獣を指差す。ようやく今度は老婦とその視線が合った。
「あぁ、これはキツネ属の獣だよ。昔はこの辺りに沢山いたんだけどね……先の大戦で森が焼けてしまって、もうこの……」
愛想のいい老婦はうんうんと話を始めた。
「可愛いー!」
話をすべて聞き終える前に檻に手を入れて撫でてみる。
「お嬢ちゃん見たところこの辺の子じゃないね? 何処からきたの?」
老婦はコチラを見ると視線を上下に動かして尋ねてきた。異国の服装はこの街では見慣れないのかもしれない。
「私、東の国から来たので、この辺の動物って珍しくって。とっても可愛いですね」
黒い修道服にピンクのローブ。不釣り合いな色合いと同じくらい老婦の目を引いたのは、背負っている長い二本の棒。フードを取った少女は薄い紫色をした髪を左右に振ってから、老婦を見返した。
「わたし、タナトス・リーパーっていいます。今は世界中を旅しているの」
驚いたような目で見つめる老婦は、へぇーっと声をもらした。
「ついさっきこの街に着いたばかりだから、もっと見回してきます」
幼さの残る笑顔でタナトスは老婦に礼を言うと、賑わう広場へと走っていった。
先程の市場よりも、広場では一層騒がしさが増していた。通りを歩く人を避けながらタナトスは辺りを見回して進む。
『……おい、昨日の、しってるか?』
『……あぁ!不死者の咎人だろ?』
『……首を跳ねられたのに死ななかったんだなんて 』
『……ありえねぇだろ!悪魔か何かじゃないのか 』
行き交う人々の声の中で耳に入った。
「不死者……?」
雑踏の中、足を止めた彼女は踵を返して会話の聞こえた場所までかけだした。
「あの、不死者の咎人ってなんですか?」
『ーーう、うわぁっ!』
『ーーなんだこのガキッ ?!』
輪になって話す男達の真ん中に潜り込んだタナトスと、突然目の前に現れた事に驚き騒ぐ男達。気にも止めない彼女は質問を続けた。
「さっきの話をきかせてください。不死者がいるとか、いないとかって」
男達を見渡して問い掛けると、言葉につまる様子を不思議そうに見つめる。
『ーーが、ガキがきく話じゃないッあっち行け』
『ーーおい、いいだろう、話したって……』
『ーー見たところこの辺の子供じゃなさそうだし…… 』
渋々と重い口を開くと、男達は昨晩の処刑の話を始めた。昨日の晩、群衆の目の前で首を斬られたはずの咎人が今朝になったら蘇っていたのだという。
『ーーほら、あそこに見えるだろ、処刑場 』
一人の男が指差した先は広場から少し離れた場所である。遠くに見える幾本の柱で区切られた場所には、何処か暗い雰囲気が漂って見えた。
「あそこに不死者がいる……」
ボソリと呟いた後、タナトスはまた笑顔で頭を下げると走りだした。
◆
太い木柱と金網で区切られた先に建物が幾つか聳え立っている。遠くの方からうめき声のような叫びが聞こえてくる。
「この中に噂の不死者さんがいるのかな」
タナトスは大きな門の前に立っていた。広場の男達から聞いた、囚われた不死者の咎人。入り口の門は固く閉ざされ、門の前には屈強な男達が守りを固めている。
「こんにちは。この中って入れたりします?」
躊躇なく話しかけるタナトスを、門番と思われる男達は睨み付ける。大槍を携えた一人の男が呆れたように話し始めた。
「お嬢ちゃんが来るような所じゃない。帰んな」
シッシっと手を振る男の姿をタナトスは不思議そうに見つめていた。しばらく何か考えた風に明後日の方向を向くと、また口を開いた。
「あの……入りたいんですけど……」
『ーーだから!入れないっていってんだろッ! 』
間髪いれない怒号を浴びせられる。タナトスはムッとした顔で仕方なくその場を離れた……
「あんなに怒鳴らなくたっていいのに……」
ブツブツと文句を吐きながら処刑場の周辺を歩くと、先程の門からでは望めなかった景色が見渡せた。
「結構広いんだなぁ」
金網の向こうには広大な広場が覗く。よくみると大小様々な、いかにもな器具が転々と並んでいる。
広大な敷地に反してさきほど奥に見えた建物は意外に小さく、作りとても頑強には見えない。
「……どこかから入れないかな」
恐らく大戦後に急ごしらえで作られた建物。よくみると囲いの柱のそこかしこに隙間も見つけられる。
「ここから通れるかも……」
僅かに破れた金網、子供くらいなら通れそうな小さな隙間に身をよじって潜り込んだ。
「あっ……」
背負った長い棒がガッチリと、引っ掛かる。タナトスはいそいそと荷物を下げたのだった。
登場人物紹介1
タナトス・リーパー
東国出身、16歳の女の子。深紅の瞳と、薄い青紫の長い髪。修道服のような独特な装いは東の礼服らしい。身長はとても小柄で、顔立ちも年齢の割に幼い。
好きなもの「生き物」苦手なもの「姉」
呪術という東の異能を操る「呪士」