ウィルベルトの目覚め
……喉が、渇いた。
そう思って重い瞼を開けた。
見慣れた天井が視界に入った。
帰ってきたんだ。
体を起こそうとしたけれど言うことがきかない。
ベルを鳴らして人を呼ぼうと思うが……手が届かない。
諦めようとしたところ目線を下に移すとミルクティーブラウンの髪が見えた。ベッドの端に頭を伏せていた。
「セ、イラ?」
掠れた声で愛おしい彼女の名前を呼んだ。
「セイラ」
「んんっっ……」と眠たそうな声を出してこちらに気がついたようだ。
「ウィルベルトさまっ!」
驚いた勢いで体を起こし私の近くに寄ってきた。
「目を覚ましたのですか? 痛いところはないですかっ?」
「うん。今、目覚めたようだね……喉が、渇いたんだ」
「はい。ご用意します、体は起こせますか?」
「いや……力が入らない」
せっせとクッションを用意して、なんとかして体を起こしてくれた。男の私の体は重いだろうに、一生懸命支えてくれた。セイラからは相変わらず石鹸の香りがふわっとして、安心する。
「ウィルベルト様、お水です。体は大丈夫ですか? 起きて辛くないですか?」
水をひとくち飲み、セイラを呼んだ。
「どうしました? 辛いですか?」
「久しぶりに、セイラの顔を見た。心配かけてごめん、私は眠っていたの?」
まだ少し頭がぼぉ~っとしていた。セイラが近くにより両手を握ってくれた。セイラの手の温もりを感じて安心する。
「はい。一週間ほど……」
「え、そんなに……?」
「皆さん心配していました。まずはお医者様に見てもらいましょう」
セイラと離れがたいけれど、自分の体がどう言う状態なのか聞いておきたい。
「「ウィル!!」」
両親と医師が部屋に入ってきた。
「目を覚ましたのね!」
「辛いところはないか?」
心配させた両親にまず謝罪した。
「ご心配おかけしました」
両親はホッとした顔を見せた。
その後医師から診察を受けた。
身体が重いのは振りかけられた液体のせいかと思ったのだが、腹を刀で斬られたから。幸い深い傷ではないが、跡は残りそうだと言われた。
眠り続けていたのは、あの甘ったるい│香水《媚薬》のせいだと言う。原液がかかっていたら大変なことになっていた……と聞いた。麻薬の一部だそうだ。嫌な汗が流れた……
起きたばかりであの後何があったか知りたいが、まずは回復する事を第一に考えるようにと医師に言われた。
栄養注射のようなものを打たれていたらしいが、喉の渇きの次は自ずと腹が減った。
「何か消化のいいものを作ってもらいましょうね」
セイラがメイドに伝えていた。しばらくしてミルク粥が運ばれてきた。
自分で食べようと思えば食べられるかもしれないが、セイラに食べさせてもらう事にした。
力が入らないのは事実で、みっともないが、セイラが近くにいると言う事を実感したかった。
「無理はなさらないでくださいね。少しずつです」
セイラは一生懸命に看病してくれているのに、その姿は相変わらず愛らしいので、ようやく落ち着いた気がした。
食べ終わった後には苦い薬を飲まされた。
「化膿止めだそうです。お腹痛くないですか?」
「不思議と痛くはない。力が入らないだけだ。二、三日で起き上がれると思う」
「良かった……目が覚めて。目覚めなかったらどうしようかと思って……そんなに危険なお仕事をしていたとは知らなくて、ぐずっ」
緊張の糸が切れたように泣き出してしまった。セイラも気が張っていたんだろうと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、目覚めてすぐにセイラがいてくれた事は嬉しくも思った。
「ごめん。仕事の内容は言えない事もあるんだ。今回は危なかったけど……絶対にセイラを一人にすることはしないよ。今後はさらに気をつけると誓うよ。夢を見たんだ、会いたかった、セイラ」
セイラのサラサラの髪を撫でた。心配かけたんだろうな……顔がやつれているように思えた。
「ねぇセイラ、疲れてない? ちゃんと寝てるのか?」
「はい。ぐずっ、ウィルベルト様の、近くにいたくて、目を覚ました時に、側に、いたくて、ずっとお側にいました。その間に仮眠は取りました、ぐずっ。」
「ずっと付いていてくれたの?」
「はい、ぐずっ」
「そうか……ありがとう、でもセイラが倒れたら私が辛い、ちゃんと休んで欲しい」
泣きながらも恨めしそうな顔を見せてきたけれど、この気持ちは変わらないから、セイラの侍女を呼んで休ませるようにと言った。
その後のことが気になるけれど、きっと事後処理はうまくいっているだろう。
あの場にいた貴族達と、議会のお偉いさん……モンテス男爵に夫人、捕縛の場になったミランダ伯爵はどうなったのだろうか……