捕縛
レオ・ファーノンは何を考えているのだろうか?
窓の外を見て私に視線を寄越してきた。これから起きることが分かっていて観念したのか? このパーティーの主催者はミランダ伯爵だが、裏にいるのはモンテス男爵だ。
扉の外が騒がしくなってきた。
「やっと来たか」
ボソッと呟くと腕を絡ませているミランダ伯爵の娘クラーラが私から離れた。
「オリバス様! まさか!」
「扉の外が騒がしくなってきたね」
とぼけるように答えた。するとクラーラが懐から何か液体のようなものを出してきて私の顔に投げつけるように掛けてきたので、咄嗟に腕で顔を隠す。
甘い鼻にこびりつく嫌な香り……
「何をっ!!」
ゴホゴホと咳をしながらクラーラに言う。
「媚薬ですわよ、オリバス様。そのうち意識が無くなりますわよ」
慌てて上着を脱いだ、気持ちが悪くなる匂いだ。媚薬と言われた液体は上着に吸い取られているけれど、体全体に残る香り。
……吐き気がする。セイラが刺繍をしてくれたハンカチを出して鼻と口に当てる。
捕まってなるものかと逃げる貴族達は我先へと走り出す。そこにレオ・ファーノンの姿が見えたが逃げる様子はなかった。
******
「レオ! 逃げるわよ」
「今更逃げたところで無理だろ?」
動く気はしなかった。捕まるのは時間の問題。
「そう? 私は逃げるわよ」
「あぁ、気をつけてな」
「レオ! あなたまさか……!! ふふっいいわ。好きにしたら? じゃあねモンテス男爵」
ルシアはミランダ伯爵の家の者に連れられて隠し扉から逃げていった。隠し扉まであるなんて……逃げる気満々じゃねぇか!
周りを見ると捕らえられた男達が外へと連れ出されていた。
「モンテス男爵だな?」
聞き覚えのある声……
振り返りその声の主を見る。
「お久しぶりです、ユベール殿」
まさかユベール兄さんが……
「事情を聞きたい、モンテス男爵を連行しろ」
「「「はっ」」」
衛兵に連れて行かれることになった。
ウィルベルト・オリバスに捕まえられると思ったのに、まさかユベール兄さんとはな……そういえばあいつは? 最後にあいつを見たところに目をやる。
するとハンカチを口に当てふらふらと立っていた。普通ではない様子だった。
暴れる貴族達の中に完全に目がイッテいる男がいた。衛兵を突き飛ばし小刀のようなものをブンブンと振っていた。
「なぁ、あっちは良いのか? 俺は逃げないぞ」
そう言って衛兵を見るが返事は返ってこない。
ブンブンと振る小刀が、何人もを斬りつける。周りからは悲鳴が聞こえるし、切りつけられた者達は『痛い』『助けてくれ』と騒ぐ。そして血の匂いがする。
必死な形相の男はクラーラ嬢を見た。
「お前の、親父のせいで……」
逃げ遅れたクラーラ嬢に向かって小刀を突き出し走り出した。
「きゃぁぁぁぁっっ……」
絹を切り裂くような声で叫ぶクラーラ嬢に、近くにいたウィルベルト・オリバスが気づき、すっと男に近寄り男の持つ小刀を叩き落とし、拘束した……
男の首を叩き、その首を絞め意識を無くさせたようだった。あっという間の事だった。あいつ頭がいいだけではなく、戦闘能力もあるのか……
そう感心していたのだが、なぜか腹を押さえだし膝を突いた。大理石の床には血が流れていた。ユベール兄さんが急いでウィルベルト・オリバスのそばに駆け寄る。
「ウィルベルト殿! おいっ! 医者がいたな! 早く呼んでくれっ!」
後ろを振り向き仲間達にそう叫んだ。
ウィルベルト・オリバスの名前を呼び意識がある事を確認していた。意識はあるようだが、顔色が悪く胃の中のものを吐き出していた。
その後のことは分からない、連行され王宮の牢に入れられた。牢と言っても、貴族が入れられる牢だ。飾り気はないが清潔な部屋で、扉の前に衛兵が立っている。
モンテス男爵として、分かっていることは全て話をした。と言っても知っていることなんてあまりない。
モンテス男爵家はもぬけの殻だったと言う。前モンテス男爵は国外に逃げてしまった後だったし、ルシアはミランダ伯爵領の港から国外に逃げたらしい。用意周到だ。
ルシアと前モンテス男爵は俺をスケープゴートにしたんだろう。
モンテス男爵は爵位剥奪、残っていた屋敷も残っていた財産も没収となった。流石に全ては持って逃げられなかったんだろうな。