殿下とユベール
「はぁっ……ユベールは相変わらず意地悪なやつだ」
大袈裟に溜息を吐く殿下。
「私は殿下に意地悪などした覚えがありません。記憶にない」
意地悪って……良い大人が言う事か?
「なぜもっと早くセイラ嬢に会わせてくれなかったんだ……ウィルベルトより早く会っていたら本気で口説こうかと思ったのになぁ、残念無念……」
ソファに項垂れたようにもたれかかる殿下。
「妹を王家に嫁に出すつもりありませんよ? うち子爵家ですし、無理でしょう? それに部下の婚約者を口説こうとするなんて、呆れた」
「そこはなんとかなるだろう? どこかの養女にするとか、喜んで迎えてくれるだろう? ウィルベルトとセイラ嬢は困っていたな」
くすくすと笑う殿下。腹立つな。
「まぁ……貴方が婚約するなんて言ったら喜んで手を挙げて養女にしてくれそうですけれど……セイラはダメですからね」
この第二王子は大変優秀な人で、王太子を支えている。表立って前に出るタイプではない。殿下と言う肩書きが無くてもモテるだろうなとは思う。
学園時代は身分が関係ない(実際はある)ので令嬢達から猛アタックをされ、女性が恐ろしくなったらしいのだ。
香水や化粧の匂いに鳥肌が立つらしい。
「せっかく運命かもしれないと思ったのに、ウィルベルトの婚約者だし、ユベールの妹だし……! なんていうか、お前の妹とは知らなかったが好みだったんだよ! くそっ、もっと早く会いたかった! 独身から脱却出来るかも知れなかったのに」
今度はぶつぶつと文句を言い出した。
「まぁ、セイラが可愛いのは認めますが、殿下の妃になるのは荷が重いですね……」
「ウィルベルトめ! あいつに負けた気分だ……首席で卒業するし、あんな可愛い婚約者がいてリア充ってやつか! こっちは見合い見合いで疲れているのに! あのクッキーもセイラ嬢の手作りだと? 差し入れなんて、羨ましすぎる……家に帰ったらセイラ嬢のあの笑顔で迎えられるのか……」
「大変なんですね、殿下も相手探し」
そこには同情する。
「正直大変だ……お前には相手がいるのか?」
「付き合っている子はいます。セイラが結婚してから、結婚しようかと思っています。彼女も今は好きな事ができると喜んでいて、待つと言ってくれるので助かります」
「ユベール、お前もか! ……ウィルベルトの婚約者を奪う気はないからせめて友達として付き合うことにしようか。話をしていて面白い子だと思ったし、それくらいは許せ」
セイラが殿下の友達とは……話を変えよう。
「そんな事より、最近ウィルベルト殿が疲れているようだが、殿下の秘書見習いってのはそんなに忙しいものなんですか?」
コーヒーを出されたのでコーヒーを口にした。うちではハーブティーを飲む事が多いので新鮮だ。
「例の非合法カジノについてだよ、調べている」
「モンテス男爵?」
「……そういう事だよ。ウィルベルトから聞いたのか?」
「あの男が業務のことをペラペラと話すわけがないだろう? 問題になっているのは結構知られていると思うけど?」
学生時代のノリで話をしているが、殿下は許してくれるだろうし、そうしてくれと言うだろう。
「破産者が増えていて、もう見逃すわけにはいかないよ。特定の場所で開いてないので困っていたが、最近は貴族の邸宅でやるようになった。大胆だ! 例のクスリの密輸も売人を捕まえた。もうすぐなんだよ」
「その仕事は貴方がしなくてはならないのか? それは業務外だろうに」
「内密に偵察に行かせていた奴と連絡が取れなくなった。私の護衛の一人だったんだけどね。見つかった時はクスリ中毒の一歩手前だった。安静にしていても、まだうなされるようだ。許せるべき行為ではない。議会に何度出しても先にするべき事があると後回しにされるんだが、兄上もこの問題については心を痛めている。私が単独で調査する事は許されているし、人員も少しは使って良いと言われている」
モンテス男爵か……レオのやつは何しているんだろうか。クスリ漬けなんて事になっていないだろうな……
「ルシア・モンテスか……」
「なんかわかった事があったら報告してくれ。褒美は取らす」
「あぁ、少しくらいなら力になるよ」
「頼りになるな。お前は本来なら首席で卒業していたはずだもんな……私に譲ったな? 手を抜いただろ?」
「さぁ? 昔の事は覚えていない」
「私は本気のお前と争いたかったんだ!」
殿下が同級生にいたら譲るもんだと圧がかかった。別に成績なんて上位ならそれでよかった。面倒事は避けたいから。殿下にとっては屈辱だったのかもしれない。
「きっと体調が悪かったんだ」
「……悪い、大人気なかったな。頼む助けてくれ」
「出来るだけのことはしよう」
ウィルベルト殿が疲れているとセイラも心配しているから、仕方がない。
……友達が困っているからな。それに褒美が楽しみだ。