バカな事を思ってしまった
『私のことを疑うのですか?』
真っ直ぐな目で私を見てくるセイラに見惚れてしまった。セイラの事を一ミリでも疑った自分が情けない……セイラは絶対によそ見しないのに。自分でよそ見をするなって言ったのに……
反省しかない。
分かっているのにいざ殿下と対面すると……
久しぶりに木刀でも振ってこようかな……
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「珍しいウィルが木刀を振っている。なにかあったのか?」
父が帰ってきた。こんな事言えやしない。
「少し、反省すべき事がありまして……」
「そうか……セイラさんと仲良くしろよ、どうせセイラさん絡みなんだろう? 私もあの子の事を気に入っているんだからしっかりしろよ」
父にこんな事を言われるのは初めてだった。勉強や剣術は努力でどうにでもなったから。セイラの気持ちはセイラにしかわからないけれど、私はこれからもちゃんとセイラに伝えていこうと思った。
「はい、そうします。わざわざこの事を言いに?」
「まぁな。なんとなく落ち込んでいそうだったから、たまには父親らしい事をしておこうと思った。お前も悩みがあるようだからほっとした。足掻けば良いと思うぞ、良い経験になるからな」
はっはっは……と楽しそうに父が笑った。こんな顔を見るのも初めてだった。だからなんとなく私も笑った。
「ふふふっ。そうですね。よく考えたらこう言う体験はしてこなかったですね……セイラのおかげですね」
「あっ! あの子の作ったソルトクッキーが美味かったから、販売する事にした。我が領地の塩とルフォール領の小麦を使っているなんて、良いアイデアだ。今度ユベール殿と話をしてくるよ」
「セイラは凄いですね……何が地味な田舎娘なんだろうか? 田舎娘の概念が分かりませんね」
「そう言う事。セイラさんを悲しませることだけはするなよ、まぁがんばれ」
そう言って父は屋敷に戻って行った。
……あと五十……いや百回素振りをしよう。
『セイラごめん』と心の中で言いながら百回素振りをした……
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「ウィルベルト殿、がっかりさせるなよ」
「はい、すみませんでした。今後はこのような事のないように致します」
ユベール殿からまず一撃を喰らった……でも言い返すことは出来ない、その通りだから。
「セイラと話し合ったならそれで良いが、次セイラの前であんな情けない姿を見せたらタダではおかない!」
「はい、肝に銘じます」
しっかりとユベール殿を見た。もう二度とあんな情けない姿を見せない。
「良い目つきになったね、分かったならそれで良い。セイラを誰かに譲るつもりなら婚約はなかった事にしても良いと言うつもりだったんだけどね?」
変な汗がいっぱい出てきた。譲る気は無いのに物怖じしたから……言い訳はしない。
「誰にも譲るつもりなどありません」
頭を下げるしか無い、私はユベール殿に弱い……交際を許してもらう時はあんなに強気だったのに……
「まぁ良いや、なんだっけ? セイラのクッキーの販売の話か。オリバス伯爵が来られて話はほぼ纏まったんだが、本当に良いのか? うちに利が多すぎる」
「はい。セイラはまだルフォール子爵家の娘ですから、発想はセイラでもルフォール家の利益となります。製菓用の小麦もルフォール領の物を使用します。今後私とセイラが婚姻後に何か販売する場合はオリバス家の一員ですので、その辺は変わってきますが、うちの領地の物で賄えないものは、ルフォール領の物を優先して使用したいと思います」
「ふーん、販売はどうするつもり?」
「当面は貴族向けです。セイラの菓子は甘さが控えめで体型の気になる女性や、あまり甘いものを好まない男性でも受け入れられます。今回の事で殿下の名前も使うことにしました。殿下も美味いと認めたソルトクッキーと言って予約制にしますよ」
殿下に許可を取りに行ったら、良いよ。そのかわり私にも優先的に予約の受け入れをしてくれ。と言われた。セイラの事を諦めてないのかも知れないけれど、もう悩むのはやめた。バカバカしい……だからセイラも喜びますよ。と言ったら、君たちが羨ましいと笑われた。殿下も殿下で婚約者選びが大変なんだろうと思った。
なんとなくその気持ちは思い当たる事があるけれど、セイラは渡さない。
「良いんじゃ無いか? そのアイデア。来年から麦の作付けを増やさなくてはいけないな……忙しくなりそうだよ」
「はい、私も力になれるよう頑張ります」
「楽しみにしてるよ。そういえば、先日殿下から聞いたのだが、最近貴族内で個人的な破産が相次いでいるらしいな。問題になっている」
「はい。調査を行うとの事です」
「取り締まりの強化だと。何かわかったら報告をしてほしいと頼まれた」
「ユベール殿は、殿下に信用されているんですね」
「信用? さぁ? 殿下に成績で勝ったことがあってな、それから目の敵にされてしまって、面倒な事が多かったよ……それこそ田舎貴族が調子に乗るなとバカにされた事もあった。私は気にしてないのに殿下は、陰口を言っていた奴らに説教していた。正々堂々と勝負して負けたんだ! 私の努力不足だと言っていたな。なんとなく誰かに似ているな」
「誰のことだか……」
「首席で卒業した可愛げのないやつだよ」
「婚約者に最近可愛いと言われていましたよ……そいつ」
「へぇ……生意気なやつだな、気に入らない」
「殺意が……感じられますが、その子の前でだけは可愛くあっても良いでしょう? お義兄さん」