セイラのクッキー
「うちから書類を届けてもらいました」
殿下にお伝えして書類を渡した。
「すまない。よく調べておいてくれたな、助かったよ」
申し訳なさそうに殿下に言われたが、いつ言われても良いように、用意をしておいた。それに気になる事案だったから。書類をセイラが届けてくれたのはとても嬉しかった。少しでもセイラの顔を見るだけでもやる気がでる。大方母の采配だろう。
「なんだ、その可愛い包みは?」
セイラの持ってきた菓子だった。
「私の婚約者が先ほど書類を届けに来た際に、差し入れにと言って渡してくれました」
「そうだったな。ウィルベルトには婚約者がいるんだったな。ルフォール子爵の娘さんだったか? ユベールの妹?」
「えぇ、そうです、ご存知ですか?」
「ユベールは同級生だから知っている。妹君とは会ったことはないが、ユベールの妹君と言うことは真面目な子なんだろうね」
そうか、年齢で言うとユベール殿と殿下は同級生だった。
「若者にも婚約者がいるんです。殿下もそろそろ考えてくださいよ」
殿下の秘書の一人が言った。
「私もまだ若いんだが……」
そう言いながら渡した書類に目を通す殿下。
「そういえばさっき書類を拾ってくれた子の名前を聞くのを忘れた、おまえが急かすから……!」
「あぁ、急いでましたから……見かけないお嬢さんでしたね。案内のメイドに聞いておきますよ、特徴を教えてください」
「可愛らしい子だった……優しく、真面目そうな……それでもって清楚で」
「……短い間でどこでそう思うタイミングがあったのですか?」
呆れるように秘書官が言った。
「書類が、落ちた時に拾うのを手伝って貰った。その時に書類の中身を見たとは思えないのだが他言無用と言ったら、約束をすると言ってくれた。その言葉に嘘はなさそうだったし、丁寧に書類を揃えて渡してくれたんだ」
「へー。それはどこのお嬢さんだったか知りたいですね。そのほか特徴は?」
……嫌な予感がした。無理してでも送っていけば良かったのかもしれない。
「色素の薄いブラウンの髪色だった。目が大きくて……確かリボンの髪飾りを着けていたな」
セイラだ……! なんてことだ……! 私の婚約者という事を早く言った方がいいかもしれない。殿下に興味を持たれてしまっては困る。
「申し訳ありません……その子の特徴を聞く限り……私の婚約者かもしれません。先ほど書類を届けに来てくれました」
背中に冷たいものが伝った……
「そうなのか? それでは礼をさせてもらいたいのだが、一度会わせてくれるか?」
「……はい、伝えておきます」
なんだろう……嫌なんだけど、断れない。
「ユベールにも久しぶりに会いたいと伝えてくれ」
「……はい、そのように」
******
まずは家に帰り、セイラに書類を届けてくれた事に対しての礼と差し入れのクッキーが美味しかったという話をした。
「新作です。気に入ってくださったようですね」
はにかむ笑顔で答えるセイラは可愛い。せっかく婚約出来たのに、なんでこんな思いをしなくてはいけないんだろうか……
セイラはそもそも身分などで人を見ない。殿下の身分に擦り寄るタイプではない。私はセイラを愛しているし、セイラもそれに応えてくれる。王宮で殿下がお礼をしたいと言う事を告げた。
セイラを家に送り届けた。ユベール殿にも挨拶へ行く。
「何をしているんだ、セイラは! 殿下の目に止まったのか?」
「分かりませんが、なんだか嫌な予感がしてどっと疲れが襲ってきました」
セイラと別れた後ある事について、秘書官と殿下と三人で書類と格闘し話し合いの末今後の方針が決まった。
頭が疲れたのでティータイムをしようと執務室で茶を飲んでいたら、セイラの渡してくれた包みが気になり、目をやると秘書官に婚約者殿からの差し入れですか? と言われた。
『えぇ』
とだけ答えたのに、何故かお茶請けとして出させられた……婚約者の手作りで何が入っているか分からない。殿下の口には入れられません。と断ったんだ!
なのに……
『『うまい……』』
殿下も秘書官も気に入ったようだった……たしかにうまかった。食べたことのないほろほろ食感に塩を使った甘すぎないクッキー。なぜ今セイラの新作を秘書官と殿下と口にしているのか……
『婚約者殿がこのクッキーを。大したもんだね』
もう一枚……とセイラのクッキーを次々口にする二人。うまいのだが、二度とこんな思いをしながら口にしたくないと思った。
「そういうわけで、来週セイラと時間を作って王宮に来ていただきたいのです」
頭を下げた……
「面倒くさいが仕方がない。行こうではないか」
「お願いします、私もその時は付き添いますので……」
「面倒事になるのは避けたい! とっとと話をつけるぞ。セイラの婚約者はウィルベルト殿だろ? しっかりしてくれよ」
ユベール殿に睨まれ喝を入れられた。そうだ、しっかりしないと……セイラの顔を見てから帰ろう。
「お疲れなのに送ってくださってありがとうございます。今日はお仕事の姿も見られたので嬉しかったです」
セイラは帰る前にお茶を淹れてくれた。
「セイラの顔を見ると疲れも吹っ飛ぶよ」
「……またそんな事を」
真っ赤に顔が染まるセイラが可愛い、疲れが吹っ飛ぶというのは本当の事だった。ずっと見ていたい、学生の頃と違って自由時間はかなり減った。セイラと過ごす時間がもう少し欲しい。
「最近会う時間が少なくて寂しい。もっと一緒に居たいよ」
セイラの手に触れた。
「はい。私も……」
最近セイラは素直に応えてくれるようになった。心配させてはいけない……何気ない話をしながらセイラと過ごす時間は穏やかで癒される。
「今度の休みは二人でゆっくり過ごそう」
セイラの頬にキスをしたら驚いていたけど、ずっと我慢していた。柔らかい頬にキスをする事を……
こくんと頷くセイラ、拒否されなくて良かった。