どきどきしてしまいました
『侍女とお菓子作りや庭仕事を……たしかに街の令嬢はやらないな、でも楽しいならそれで良いじゃないか、恥ずかしがる必要はない』
ウィルベルト様に言われた言葉。フローラ様にも同じようなことを言われた時も嬉しかったけど、私という人間を認めてもらえたような気がした。
私が作った物を喜んでくれたウィルベルト様とフローラ様。
昔はレオも喜んでくれていたのに。美味しいって言ってくれたのに。もうあの頃のレオはいない。そう思うと寂しい気持ちになりました。
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翌朝馬車から降りて校舎に向かおうと歩いていたら、校舎に向かう生徒の中にウィルベルト様の姿を見つけてしまいました。
ウィルベルト様は私の視線に気が付いたのかこちらを見た。
「おはよう、早いね」
そう言って私に声を掛けてきました! 声をかけられた事に驚いて思わず後退りすると、自分の足に躓き倒れそうになったところをウィルベルト様に抱き止められました。
「何をしているんだ……そそっかしいんだな、自分の足に躓くなんて」
くっくっく……と笑うウィルベルト様。
周りの目もあるので恥ずかしくて、離してください! 心の中で叫びました。
顔が近い……わぁ。まつ毛長い。瞳の色が綺麗……とウィルベルト様を見つめる形になりました。
「何? なんかついてる?」
ぶんぶんと首を振る。
「そう?」
にこりと笑うウィルベルト様の笑顔の破壊力……顔がますます赤くなったのがわかりました。
「あの、そろそろ離してくださると助かります」
心臓が持ちません……このままでは止まってしまいます!
「そうだね、失礼」
「あの、ありがとうございました」
「急に声を掛けたからね、行こうか?」
「え?」
「校舎に行くんだろ? 行き先は同じじゃないか」
カバンをひょいと取られたので、少し後ろについていく形で歩きました。自分で持ちます! といっても良いからと言われてそのまま校舎へ向かいました。
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レオはイラついていた。
朝っぱらから嫌な物を見たからだ。
セイラがあのウィルベルト・オリバスと抱き合っていた。いや、抱き合っていたと言うか、助けられていた。と言うのが正しいが、その後も二人で登校しやがった。
伯爵家嫡男ウィルベルト・オリバス、頭脳明晰・容姿端麗でモテる男である。
そして令嬢を相手にしないあのウィルベルト・オリバス。
皆が真相を聞きたがっているが、どこ吹く風だ。移動教室で、空いている席を探した。ウィルベルト・オリバスの隣が空いていた。
「ここいい?」
するとこちらに顔を上げるウィルベルト・オリバス、正統派のイケメンだ。王都の貴族と言った感じで洗練されている。
「あぁ、もちろん」
ウィルベルト・オリバスの隣に座り、取り敢えず教科書を開いた。
「なぁ、今朝一年の女子生徒と抱き合っている姿を見たんだけど、どんな関係だ?」
「抱き合ってなどいないよそれは誤解だ、彼女に悪い。転びそうになった彼女を助けた。後ろに倒れそうになったから、たまたま抱き止める形になったと言うだけだ」
それは見たまんまだった。しかしなぜこの男がセイラと親しくしているんだろう?
「意外と優しいんだな、抱き止めるなんて知り合いなのか?」
「まぁな」
まぁな。はどっちに対するまぁな。なんだよ! 知り合いか? そこが聞きたい!
「レオ・ファーノン、君は私に何を聞きたいんだ? 次は彼女を君の遊び相手にするつもりなのか?」
ムカついた! セイラは俺のものだよ。遊び相手ってなんだ……! 何も知らないくせに!
「婚約者くらいあの子にいるだろうって、話だよ」
「いるのか?」
「知らねぇよ」
「もしいたとしたら、どんな相手か見てみたいね。彼女の相手なんだからよほど素晴らしい人物なんだろう」
にこりと笑うウィルベルト・オリバス。
嫌なやつだ!
セイラが一人で廊下を歩いていたので腕を引っ張り人に見られない物陰に連れてきた。
「きゃぁ! レオ?!」
セイラは俺を見て笑わなくなった。
「何よ、びっくりしたじゃない!」
「おまえ朝っぱらから堂々と男と抱き合って、何してるんだよ! だから隙があるって言ってるんだ」
セイラの顔を見てイラついている。気持ちが落ち着かない。
「あれは転びそうになって助けて貰ったの」
「知り合いか? ウィルベルト・オリバスと」
「えぇ、だから何? 私の交友関係に口を出さない約束でしょう!」
レオを睨みつけるセイラ。
「俺がいるのに、よくそんなことが言えるな」
「レオに言われたくないわ。やましいことなんてないもの」
「あのウィルベルト・オリバスだぞ?」
「どのウィルベルト様か知らないけれど!」
「……セイラは俺だけを見ていればいい」
「何を言っているの? 私行くね。授業はじまっちゃうから」
「ウィルベルト・オリバスに婚約者がいると言っておけ!」