この気持ちに蓋をする、しないかは自分次第
忘れ物の鏡を渡したいのだが……教室へ届けに行くわけには行かない。変に噂になってしまうのは彼女の為に良くない。
困った……
図書館で待つのが良いのかもしれない。彼女は常連だし図書館なら静かだから声を掛けてくる生徒(女)もいないだろう。
ウィルベルトは学園の有名人で伯爵家の令息。容姿端麗で頭脳明晰の孤高の存在と言われている。友達がいないわけでは決してないのだが、学園の令嬢がどうも苦手だった。
キツい香水の香り、髪が痛んでいそうな巻髪。素顔が分からない厚化粧。きゃあきゃあと遠目から眺められる視線。動物にでもなった気分だ……
一人では何もできないくせに、使用人に偉そうな態度を取る。せめて感謝の言葉くらいは伝えろよ、と言いたくなる。
努力もせずに痩せたいだの、綺麗になりたいだのと菓子を食べながら話している姿にはほとほと呆れる。
そんな令嬢ばかりではないのも分かっているが、会話をしていてもつまらないし、続かない。
そんな令嬢達から逃げる為、避難場所をころころと変えていた。良い場所を見つけたと思ったら、セイラが迷い込んでいた。
手入れがされているストレートヘアーに、石鹸の香り、化粧をしていない顔が清潔感を漂わせていた。
物音に驚き固まるその姿がなんとも言えずに、自分から話しかけた。その後もセイラと会っていたら不思議と楽しかった。
婚約者がいるかなんて……聞かなきゃよかった。よりによって相手が(恐らく)レオ・ファーノンとは。
悶々と考え事をしながら図書館にいると、令嬢達の視線を感じた。図書館だから静かにしてるだろ……
一時間ほどセイラを待ったが来る気配はない。例のガゼボへ行くとするか……いやもう帰ろうか……馬車乗り場はもう混んでいないだろう。
図書館を出て、なんとなく例のガゼボへと行く植木を見ると、ガサガサと音が聞こえた。よく見ると女生徒が何かを探しているようだった。
……もしかして
「セイラ嬢? 何をやっているんだ」
みつかった! と言う顔をするセイラ。
「……オリバス様」
私に気がつき立ち上がった……オリバス様と来たもんだ。
「はぁっ、名前で呼んでくれ。君は頑固だな」
「いえ、そう言うわけには」
「何をしているんだ、こんなところで」
「あの、鏡を落としてしまったようで、探していました」
制服の胸ポケットから鏡を出して渡した。
「ほら。忘れて行った。大事な物なのか?」
レオ・ファーノンから貰ったとか? 口には出さなかった。
「あぁ、良かった! 王都に来てからお兄様におねだりをして買って貰ったんです。なくしたらもう買ってもらえません」
嬉しそうに鏡を受け取った。
「鏡を無くしたくらいで?」
子爵家の令嬢だろう? 領地は安定した収入があり、領主である子爵家は領民に慕われていると言う話だし、王都に屋敷もある。金に困っている感じもない。鏡くらい安い物だろうに。
「物を粗末にすると家族にしかられます。領民の税金を預かっているのが領主ですもの」
セイラが言ったその一言。私はセイラに対する気持ちに蓋ができなくなった。
「子爵は良い領主なんだな」
「はい! そう思います」
両親のことを尊敬しているんだろう。良い顔をしていた。
「だから、なんでも自分でしているのか?」
「街の貴族の令嬢はしないのでしょうけど、楽しくて、侍女といつも一緒に」
恥ずかしそうに答えるがすごいと思う。あんなに美味いクッキーが作れるんだ。味は素朴だが癖になりまた食べたいと思えた。
「侍女とお菓子作りや庭仕事を……たしかに街の令嬢はやらないな。しかしセイラ嬢が楽しいのならそれで良いじゃないか、恥ずかしがる必要がどこにある?」
「はい。あの、オリバス様、ありがとうございました。失礼します」
「待った!!」
思わず腕を掴んでしまってパッと離した。
「……顔が汚れている」
ハンカチを取り出しセイラの顔を拭いたら、顔は赤く染まった。
「それにまた葉っぱをつけて……」
髪の毛に触れるとふんわりと花の香りがした。
「あ、ありがとうございます。もう行きますね、迎えが来ているかも知れませんし!」
「気をつけて帰れよ。セイラ嬢またな」
お辞儀をして早足で去って行った。まるで小動物のようだ。
なるほど、こう言う気持ちで令嬢達は私を見ていたのか……と思った。
はぁ。とその場にしゃがみ込んだ。
好きになってしまった。