第94話、邪神塔だったもの
ダンジョンコアを破壊した。
その直後に邪神塔全体を揺さぶるような地震。これには俺は猛烈に嫌な予感がしたわけだ。
映画などにあるラスボスを倒したら、その城なりダンジョンなりが崩れるってやつ。
そもそもダンジョンを支配するコアがなくなれば、崩壊してもおかしくない。
「塔が崩れるのか!?」
ヴィックが叫んだ。震動が激しく、とても立っていられなかった。
「このまま崩れたら、オレたちも!」
ユーゴが言えば、皆の表情が青ざめる。塔が崩れ落ち、屋上の人間たちは逃げる場もなく、巻き込まれ死ぬ!
いやはや、そうはならんよ。残っている面々に、浮遊魔法をかけ、離脱を促す。最後まで使えてよかった浮遊魔法ってやつだ。
激しい震動のまま、塔が崩れ出したが、屋上にいた俺たち全員それをのんびり見守ることができた。そびえ立っていた巨塔が下から崩壊していく。
「一時はどうなるかと思いました……」
ティシアが安堵する。ヴィックが口を開いた。
「これが塔でよかった。地下にいたら、助からなかっただろうな」
「そうでもないぞ」
ベルさんが言った。
「ポータルがあるから、危なかったにしろ逃げれただろう」
「単に地下に引っ込んだだけ、じゃないですよね?」
ユーゴが冗談めかす。俺もじっと沈みゆく塔を見つめるが、心配は無用だった。明らかに塔の形が崩れていく。
「そういえば、あの塔の下って、いまどうなってるんだろうな?」
ふと疑問に思う。地下に埋まっていて、浮上したということは、地形ごと動いたのではなければ、地上に出た分、地下に空洞ができていたことになるだろう。
もしそうなら、崩れた邪神塔は、その空洞を埋めていくということになるはずだ。
「あれだけ攻略に時間をかけたのに、ほうかいする時はあっという間なんだな……」
「多くの犠牲が出た」
ヴィックが重々しく口を開いた。
「毎週起きたダンジョンスタンピードに、これまで数え切れない兵士や冒険者が命を落とした」
「……」
皆の視線が、クーカペンテ戦士団の団長に向く。
「邪神塔ダンジョンの攻略は、長いカスティーゴの歴史の中でも宿願だったはずだ。それがついに叶ったのだ」
そうだったのか……? 俺は思った。カスティーゴの連中はスタンピード対策で頑張ってはいたが、攻略は宿願とかそんな空気はあまり感じなかったのだが……。まあ、俺はあの城塞都市に来て、日が浅いから知らないだけだが。
「それにしても、結局、あの邪神塔って何だったんだろうな」
ベルさんに意見を求めれば、かの魔王様は肩をすくめた。
「さあな。崩れちまった以上、もはや知る術はねえが、もうスタンピードは起こらない……それだけは確かだ」
それもそうか。俺は視線を戻す。
すっかり塔だったものが沈み、舞い上がっていた砂埃が収まっていく。
空を覆っていた黒雲は溶けて、月明かりが邪神塔のあった魔の森を照らしている。もうすっかり夜だったな。
俺は苦笑すれば、ふと塔の残骸が光っているのが見えた。
……光? 何だ? 結構大きい。というか残骸全部が光っているような……?
目を疑い、浮遊したまま距離を詰めてみる。
完全に砂埃が消えた時、邪神塔だったものの成れの果てを見て、俺はもちろん、全員が驚愕した。
金があった。
宝の山という言うとニュアンスが異なる。多数の金の塊が山となっていた。
「金! まさか、これが邪神塔の財宝ってやつか!?」
浮遊から地上に降りる。塔が収まっていた円柱に積み上がった瓦礫がすべて黄金に変わったようだった。あの巨大な塔の外壁を形成していたもの全部が、お宝に変わったのだ。
「おおおっ!」
「すげぇっ!」
「金だ! 金だぁっ!」
戦士たちがそれぞれ、目の前の黄金の塊に近づき、触れたり、踏みしめているのを不思議そうな感覚でみていた。
金を土足で踏むことになるとは、さすがの俺も想像したことがなかった。塔一面が黄金とか……億万長者! たぶんここにいる全員に分配しても、それぞれ一生遊んでくらせるんじゃないかな?
「参ったね、こりゃ……」
現実感なさ過ぎて、びっくり。夢でも見ているんじゃないかな。ベルさんが俺の隣にやってきた。
「凄い量だな」
「ああ、まったく。……夢じゃないよな?」
「頬をつねってやろうか?」
「夢だったら嫌だから、いい」
もう少しいい気分でいさせてくれ。黄金を運ぼうと、塊から切り出そうとしている戦士がいた。あーあー、傷がつくだろうに。金って、そんな思ったより硬くないんだぞ。
「形が不揃いだからなぁ。瓦礫がそのまま金になったみたいだし」
「あれ、実は魔法で金に見えているだけってオチじゃないよな?」
「それはない。オレ様の鑑定眼も、あれは正真正銘の金と言っている」
ベルさんのお墨付き。やったね!
「しかし……これ、全部持ち出すと事だよな」
「確かに」
だがこのまま放置するなんて絶対誰も納得しないだろう。だが、ここにいる人間で人力で運ぶ量など高が知れている。
「ジン」
ヴィックが硬い表情で声をかけてきた。……うん、何か嫌な予感がしてきた。
「話がある。ちょっといいか?」
「もちろん」
できれば、悪い話は聞きたくないのだが……。たぶんアレだな、ここの金の山の分け前についてだ。
邪神塔ダンジョンに財宝があるという話はあったが、ヴィックらクーカペンテの戦士たちと共同で攻略するとなった時、分け前について取り決めをまったくしていなかった。
俺たちは攻略するつもりだったが、ヴィックのほうからその手の話が出なかったあたり、こうして攻略できるとは思っていなかったのかもしれない。
俺たちも財宝について、ここまでのものになるなんて思ってなかったからな。
「はっきりさせておく」
ヴィックは、金に浮かれる仲間たちから少し離れ、聞こえないように声を低くした。
「おれは、邪神塔ダンジョンの財宝が出てきた場合、それを故国解放のための軍資金にしようと考えていた」
「……ああ、確か、そうだったと思う」
彼らの故国を大帝国から取り戻すために、クーカペンテ戦士団は活動していた。
「だが、ジンやベルさんの活躍がなければ、塔は攻略できず、このお宝を手に入れることはできなかった。そこでお願いだ。ここの財宝の幾らかを、我々に分けてくれ!」
そう言うと、ヴィックは頭を下げた。……えぇっと。
俺は困惑する。分けてくれも何も、共同攻略なんだから分配するさ。
『だが問題もあるぞ』
ベルさんが、周囲に聞こえないように、魔力念話を使った。
『分けるのはいいが、こちらとこいつら、取り分をいくらにするか、それが問題だ』
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