第92話、激闘の果て
大地の大竜から作られた魔法斧は、闇の大竜の鱗に傷をつけた。四回叩いたら、鱗を超えて肉に達して、その血を吹き上がらせた。
さすがの大竜も頭頂部に痛みが走れば、その身をよじらせ怒号を発した。
お前が攻撃できない位置からやらせてもらう! 俺はそのまま刃を叩き込み、さらなる出血を強いる。
ふと、大竜がまたも霧状になる。それで逃げようっていうのだ。なら、もう一撃!
グサリと手応え。しかしその瞬間、俺の視界は闇に包まれた。
離脱のタイミングを見誤ったか! しかし身体の感覚に変化はない。相変わらず左手は大竜の角と思われる硬いものを掴んだままだ。
どうなってるのかわからない。しかし手の感覚を手放したら、本当に何もわからなくなるので、そのままの姿勢を維持するよう心掛けた。
そして闇が晴れた。足元がぐらつく。俺は大竜の頭の上にいた。しかしそこから見える景色は少し変わっている。
転移したようだが、俺もくっついたままだったようだ。ならば容赦なく、脳天割りの続きをさせてもらう!
しかし大竜も、何とか俺を振り落とさんと暴れた。前足も尻尾も届かないが、首をブンブンと振ることで、遠心力をかけてくる。俺の足が、大竜から離れるが、掴んだ角は放さない。
振り落とされてたまるか!
だが振り回されている分、こちらも叩き難い。……くそが!
もっと力があれば……いや、あるな。魔法で筋力アップだ。力を上げて、その打撃の威力を増す!
漲る力。その力を乗せた一撃が、深々と大竜の頭に突き刺さる。骨を砕く感触は、ただの錯覚か。しかし、効いているという実感があって、一際声を上げる大竜はいかにも苦しがっているようだった。
それが益々、俺に力を与える。肉を裂き、俺の右腕はドンドン、大竜の頭の中へとその攻撃を届かせるべく入り込んでいく。すでに返り血で右肩まで真っ赤なのだが、まったく気にならず、ただただ倒すことばかりを考えていた。
無我夢中だった。視界の端で、大竜がドラゴンブレスを空に向かって放射しているが、当然あたるはずがなかった。
体が大きいだけに、懐に飛び込めば打つ手がなしってか? 大竜の手は鼻先までは届くが頭のてっぺんには、ちょっと届かないようだった。
いい加減、くたばれよ!
その瞬間、ふわりとした浮遊感に襲われる。一瞬何が起きたかわからず、しかし左手は放さずに身構える。
世界が傾いた。いや、大竜が塔に倒れ込むように床に頭をぶつけたのだ。おかげで俺は、予想外の方向に引っ張られ、角から手が離れてしまった!
「……しまっ――!」
せっかく掴んでいたのに! 死角を手放してしまった。俺は投げ出され、床に滑るようぶつかった。
「よくやったぞ、ジン!」
ベルさんの声が俺の耳に届いた。見れば、双剣の剣士――ベルさんが、大竜の喉を切り裂いていた。
「もういっちょ!」
返す剣で、さらに一撃。いや二撃、三撃と、目まぐるしい斬撃の嵐が大竜の首を切り裂く。ベルさんの全身が真っ赤に染まった時、大竜の首が胴体から分離した。
両断! ――ベルさんがやりやがった!
・ ・ ・
闇の大竜、死す。
倒した。……勝ったぞ! 俺たちは!
俺は床に倒れたまま、うつ伏せの格好になる。全身から力が抜けた。笑いがこみあげ、思わず左手で顎のあたりを撫でた。
安堵。疲労感が心地よくさえ感じた。
そんな俺のもとに、全身血まみれのベルさんがやってくる。
「生きてるか、ジン?」
「たぶん、いまのベルさんよりはまともな姿だと思うぞ」
「ひでえな」
そういうベルさんは改めて自身の返り血に染まった姿を見て、さらに臭いを嗅ぐ。途端に顔をしかめる。
「くせぇ……」
「本当か? ……あぁこれは」
俺も真っ赤に染まっている右手で確かめれば、血の臭いがひどかった。
「立てるか?」
「……手を貸してくれ」
全身の筋肉が硬直したような感覚。魔法で筋力を上げたせいか、普段以上に体を酷使したのか……。両方かな。
ベルさんの手を掴み、立ち上がる。
そこへユーゴとバンドレがやってきた。
「アニキぃー!」
「やりおったなお前ら!」
「大竜を倒しちまいましたよ!」
興奮度合いが凄まじい。お前たちもよく生きていたなぁ。改めて見回せば、ある者は放心状態。またある者は、何やら天に祈っていて、またある者は安堵かこみ上げてきた恐怖からか泣いていた。一方で歓声も聞こえたので、まさに人それぞれといったところだろう。
そうだ、エルティアナは……?
俺はさらに視線を巡らせば、衛生兵のイルバが兜を押さえて座り込んでいるのが見えた。近くに負傷者たちがいて、生き残ったことを喜んでいる。身を起こしている何人かの中に、エルティアナがいた。
俺のほうを見て、はにかんでいるようだった。……よかった。どうやら無事だった!
俺は小さく頷くと、大竜の死骸に目をやった。
すでにベルさんが解体すべく動いていた。
「ジン、さっさと終わらせるぞ。ここはダンジョンだからな。うかうかしていると、ダンジョンにこいつを持っていかれちまう」
「あぁ、そうだな。この大竜は貴重な素材だもんな」
苦労の末の戦利品だ。ぜひ持ち帰りたい。しかし、気がかりもある。
「なあ、これでこの塔の攻略が終わったのか? ダンジョンスタンピードは、もう起こらない?」
この大竜がラスボスだったのだろうか? 倒したはいいが、邪神塔を攻略したと言い切る自信がない。
「ジン」
ヴィックがやってきた。俺は相好を崩す。
「あんたも無事だったようだな」
「おかげさまでな。よくやってくれた」
「どうも」
「犠牲者は出たが、まだこれだけ生き残った。全滅していてもおかしくなかった。本当に、ありがとう」
そう真顔で褒められると照れる。まだ大竜を討伐した直後の興奮が残っているから、余計に。
「それで、だ。あそこに階段が見えるんだが、どう思う?」
ヴィックが指差した。何やら上への階段が、屋上の中央から伸びている。ちなみに、その先は何もないように見え、階段しかない実にシュールな光景となっていた。
「……」
パッと見、階段の先はなく、登っても何もなさそうだが……。
「数え間違いじゃなければ、ここは49階だったんだ」
俺は頭をかいた。
「もう1階分、遊べるぞ、ってか」
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