第91話、激突、闇の大竜
大竜には生半可な攻撃が通じない。
大地の大竜でさえ、致命傷を与えたのは魔器ファナ・キャハとベルさんの太刀筋くらいなもの。
そうなれば、通常の魔法は牽制程度しか効果がない。
ファナ・キャハとて、大竜に一撃を与えるほどの威力を連発はできない。一撃必殺であることが望ましく、それをしくじれば勝利の可能性はかなり低くなる。ほぼベルさん頼みになってしまう。
パターンとしては、大地の大竜の時と同じく、敵の注意が余所にいっている間に、死角から回避不能の一撃を当てることだろう。
だが――
すっと、闇の大竜の姿が靄となり、そして消えた。
これだ。この姿消しがどういう時に発動するか見極めないと、死角からのファナ・キャハの攻撃も空振りに終わるかもしれない。
大竜がクーカペンテ戦士団の背後に現れる。またも前衛と後衛が入れ替わり、混乱が巻き起こる。
大竜が放射状に黒い魔力塊を放ち、仲間を治療中だったランベルト神父らが巻き込まれた。それを守ろうとしたガストンらが盾ごと吹っ飛ばされる。
さらに追い討ちをかけようとする大竜だが、そこへベルさんが飛びかかる。二刀が迫れば、大竜は翼をはためかせて後退、空へと上がろうとする。
「それで逃げられるつもりかッ!」
飛翔魔法を使えるベルさんもまた追撃する。魔法剣の連撃が大竜の胸の装甲を穿ち、血を迸らせた。
苦悶の咆哮を上げる大竜。効いているようだが、俺の目からも、それが致命傷からほど遠いのがわかる。
大竜が、ベルさんに噛みつきを仕掛ける。だがそんな攻撃がベルさんに当たるはずもなく、虚しく空振る。
俺は、クーカペンテ戦士団の後ろ、大竜とは反対の端へと降りた。ユーゴやバンドレ、リューゾウなどの前衛が、大竜のほうへと出て、後衛組を下がらせている。ヴィックは指示を出しつつ、ティシアや負傷者を運ぶのに手を貸している。
彼らは大竜に有効打を与えられず、ただ防御に徹するしかなくなっていたのだ。ユーゴたち前衛組が歯噛みしているのがわかる。
ベルさんがひとり奮戦……。いや弓使いのラーツェルが、援護射撃を継続している中、俺はファナ・キャハに魔力チャージを行う。いつでもぶっ放せるように。
前衛組が盾となっている間に、必殺の一撃を見舞う準備をする。大地竜の杖にも魔力集中。
ベルさんが忙しく飛び回り、大竜に嫌がらせを仕掛けている。
と、またも俺と大竜の目が合った。一瞬のことなのに、やたら目が合うじゃないか。
俺はファナ・キャハを掲げる。どうせ、この魔力に反応してるんだろうが!
大地竜の杖から光の魔法を放射。挨拶代わりの魔力増幅光線。それは大竜の頭部に命中して、その鱗に弾かれた。
うざがりながら大竜が吠えた。もう一発――と思った瞬間、大竜はまたもその姿を消した。クーカペンテ戦士団の前衛組が、必死に顔を巡らし次の出現に警戒する。
「後ろだ! ジン!」
ベルさんが怒鳴った。大竜は俺の後ろに現れたのだ。
俺は振り返る。
「やっぱり、後ろだった!」
口元に笑みが浮かぶ。そうだよな、お前、さっきから後衛組を潰してばかりだったもんなぁ――!
大竜が両腕を振り上げ、俺めがけて振り下ろす。
「真似させてもらうぜ――!」
転移――!
俺は大竜の後ろに意識を向ける。大竜の腕が塔に叩きつけられた時、俺の身体は奴の後ろに転移していた。
「こいつを喰らえぇ!」
チャージしたファナ・キャハから禍々し魔力の一撃が放たれる。とっさに俺の気配を感じた大竜が尻尾を振り回してきたが、その尻尾ごと切り落として胴体に――!?
ファナ・キャハの魔弾が弾かれた。それどころか大竜の尻尾の一撃が俺に迫り――
「障壁!」
とっさに魔法障壁を展開したが、ぶっ飛ばされた。……嘘だろ? 魔器が通用しなかった……!?
そこでようやく俺は思い違いをしていたことに気づいた。
通常魔法が、大竜の装甲に弾かれていた。それはこれまでの強敵も同様だったからこそ、その可能性を見落としていた。
通常魔法だから効かなかったのではなく、魔法全般が無効化されていたのだ!
魔器は、超強力な魔法。そう、所詮は魔法なのだ。大竜には通用しなかったのだ!
初めてから、魔法は切り札たりえなかった。勝てないじゃないか……。
俺は魔術師だ。魔法が効果ないんじゃ打つ手がない。ここにきてそれはない。
もはやベルさんの奮闘を祈るしかない。あの大魔王様なら、本気を出せれば――
「ちくしょう、何か手はないのか……!」
見ていることしかできないのか。焦燥が募る。あの巨大で、動き回っているからベルさんも中々致命の一撃を当てられないようだ。
大竜とベルさんの戦いの余波は、同じく見ることしかできないクーカペンテ戦士団を、徐々に消耗させている。巻き込まれや流れ魔法が、一人、また一人と負傷者を増やしている。
前衛の戦士たちも強張っている。大地の大竜を倒した俺の魔法が通用しなかったことで、明らかに戦意が落ちていたのだ。
絶望。このまま全滅してしまうのではないか、という不安、恐怖。
クーカペンテ戦士団のイルバ衛生兵が、そんな中、意識を失っているエルティアナや他の負傷者の手当をしながら、必死に余波から守ろうとしている。
彼はまだ十六歳で、年相応の童顔。戦うのは得意ではないと自嘲していたが、決して勇気がないわけではない。きっと周りが見えていない、というか大竜を見ないようにしているのだろう。挫けず、自分の役割を全うしているのだ。
大竜が気まぐれな攻撃を叩きつければ、おそらく彼は簡単に死んでしまうだろうに。
……俺は何をしている?
魔法が通用しない? だから何だ? だったら物理で殴ればいいじゃない!
俺は大地竜の杖とファナ・キャハをストレージに収納。代わりに大地竜の魔法斧を取り出す。
サブウェポンとして用意した近接武器。工具的な使い方を考えていたが、これも武器には違いない。
「さあ、行くぜ。大竜さんよ……!」
短距離転移魔法。俺は大竜の頭、その間近に瞬間移動をした。ベルさん相手に頭を動かしていた大竜、その角が迫り、俺はとっさにその角を掴んで、取り付いてやった。
奴も俺に気づいたかもしれないが、その短い前足じゃ届かないだろう!?
「喰らえよ、こっちの刃は同じ大竜の素材で出来てんだ!」
魔法斧を頭頂部に叩きつけてやる。ガキンと重い衝撃に、手が痺れた。さすがに厚い。しかしその鱗にビシリと傷が入っている。
片手で叩きつけているせいだろうが、数発叩き込めば――と俺はガンガン魔法斧の刃をぶち当ててやった。
その脳天、叩き割ってやる!
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