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第89話、スタンピードの卵


 屋上を目指しているせいなのか、やたらアスレチックなフロアが多いと思った。


 46階は、45階同様の空模様の壁。しかし上へと登っていく螺旋階段や、複数の小島とそれにかかる階段状の橋を抜けて進む。


 空中回廊とでもいうのか。とにかく高所恐怖症にはたまらなく心臓が凍る階だろう。階段のところどころに、穴や亀裂があってジャンプを強いられる場所も少なくなかったし。


 ともあれ、46階を突破して次の階へ。


「まるで巨人の国に迷い込んだ小人だな」


 俺は、そこに広がる47階を見て呟いた。広大な地下世界かと思う薄暗い、しかし途方もない広さを持つ階だった。


 地面から天井までの高さは、どうみても、邪神塔ダンジョンの高さより高く、縮尺おかしいことになっている。しかも奥も広くて、何やら円を描いている。


「それよりも気になるのが――」


 ベルさんが唸る。


「あのやたら数がある白い粒みたいな点だ」

「数百……いや数千って数か」


 まるで虫の卵みたいで、しかもやたらと多い。これ人力だと絶対数を数えるのを諦める量だ。


 とりあえず前進。……ほんと縮尺おかしいわ。フロアがでかくなったわけじゃなくて、俺たちが小さくなったんじゃね?


 そして遠くから小さな点だったそれは――


「卵だな」

「ああ、卵っすね」


 ユーゴは死んだような目になった。近づいてみたそれらは大きな卵。四、五メートルくらいあるものが、十や二十くらいが密集していて、いたるところに地形に沿うように置かれていた。いや産み落とされていた、みたいな。


「心臓の音が聞こえません?」

「ああ、聞こえるな」


 レーティアが首をかしげて、それを聞いたベルさんが頷いた。


「この卵、たぶんもうすぐ孵るんじゃないかな」


 まじかよ……。この数千もあるだろう卵の中身が、間もなく産まれるとか。

 無口な偵察員であるロウガが口を開いた。


「ひょっとして、これは次のスタンピードの卵だったりしませんか?」

「……これが?」


 いやまさか。荒唐無稽な指摘だが……たしかにちょうどダンジョンスタンピードが、もう間もなくというタイミングである。


 ベルさんが首を振った。


「普通のダンジョンスタンピードってのは、ダンジョンにモンスターが増えすぎて起こるもんだ。卵から一斉に孵ってのスタンピードって聞いたことないが」

「ですが、ここは週に一回、スタンピードが起こるダンジョンです」


 ロウガは真面目な顔で言った。


「ここは普通ではないのでは」

「……なあ、ベルさん」


 俺は相棒を見た。


「これ、全部同じ種類の卵に見えるが、中身は何だと思う?」

「……ワイバーンは、ちと小さいか。いや、低級のドラゴンくらいはありそうだな」

「それが全部孵った場合――」

「未曾有の規模になるな……。さすがに洒落にならん」


 国が滅びるぞ、とベルさん。クーカペンテの戦士たちも息を呑む。


「まだこれがスタンピードになるって決まったわけじゃないですよね!?」


 ユーゴが声を張り上げたが、ロウガが首を横に振る。


「だが、否定する確証もない。前回のワイバーン・スタンピードも前例はなかった」

「……」


 卵のうちに破壊できればいいのだろうが、あいにくとこちらの火力を総動員しても、数千の巨大卵を破壊するのは不可能だった。


 邪神塔ダンジョンのある魔の森数十個ぶんの大きさはある、途方もない巨大フロアだ。ファナ・キャハでも一掃できる範囲ではない。


「これが全部、明日のスタンピードのモンスターとは断言できないが、否定もできない」


 ベルさんは低い声で言った。


「全部をぶっ壊している余裕はない。最善を選択するなら、スタンピードが発生する前に、この塔を攻略することだ」


 リリ教授の言っていた、ダンジョンコアがあるのなら、それを破壊できれば、阻止できるかもしれない。


「あと三階だ」

「でも、この階、めちゃくちゃ広いんですけど……」


 次への階段を見つけ、たどり着くだけでも一日がかりの大仕事だ。


「だから、先を急ぐんだよ」



  ・  ・  ・



 卵の森を通過。時々、先に産まれたらしい、プチドラゴン――それでも森に棲む大抵の魔獣より大きい――が徘徊していて、それをかわしながら突破した。いちいち相手をしていては、無駄に体力を消耗してしまう。


 加速魔法を駆使して、何とか47階をクリア。随分、時間を使った。


 一度、カスティーゴに戻ったが、もう夜だった。晩ご飯をとりつつ、ヴィックに報告。明日のダンジョンスタンピードは最悪の事態となる可能性が大。その前に攻略する、と改めて告げておく。


 ヴィックとクーカペンテ戦士団は防衛態勢を整えていたが、所詮は一部隊に過ぎず、やれることは限られている。そこにきて、今回のスタンピードのイレギュラーな可能性。


「今夜中にケリをつける」


 彼も決断した。


 俺たちは小休止と、装備の点検。攻略メンバーを大増員して、再度邪神塔に戻った。もう一丸となって塔を制覇する!


 いざ48階!


 まるで洞窟のような内装。広いフロアだが、47階に比べたら全然だ。塔の中と考えたらおかしいのは変わらないが、そんなのしょっちゅうだったし。……前の階が規格外過ぎたってのもあるが。


 さあて、次への階段はどこだ? と移動していたら、天井から、ドロッとした塊――ドラゴン型の魔獣……いや人型が産み落とされた。


「竜頭!?」

「ドラゴニュートじゃねぇか?」


 と、ベルさんの冷静なコメント。


 トカゲ亜人がリザードマン。ドラゴン頭の亜人が、ドラゴニュートというらしい。


 何か落ちてきたけど、卵から産まれるんじゃないのかね爬虫類ってのは? それはともかく、粘液にまみれたドラゴニュートが咆哮をあげて、俺たちに襲いかかってきた。


 頭が変わるだけでだいぶ変わるらしく、その身体能力はリザードマン以上だった。しかも鱗が硬い!


 ベルさんが先陣を切る一方、クーカペンテ戦士団の戦士たちは苦戦。増員された兵たちだが、押されている。


 負傷者が、衛生兵のイルバによって運ばれ、ランベルト神父やセラフィーナが治癒魔法で負傷者を手当する。ラーツェルやエルティアナが、医療組をカバーするが、矢がいまいちドラゴニュートに効きづらいようだった。


 しかも、天井から、ボタボタとドラゴニュートが出てくる。


 変だな、と思っていたら、どうやら天井自体が魔物だったらしく、こいつに大魔法をぶち込んで倒したら、モンスターの出現も止まった。


 きっちり仕留めた俺に、ヴィックがやってきて肩を叩いた。


「よくやった。さすがだな」

「ファナ・キャハを温存できてよかったよ」


 大地竜の魔法杖さまさま。切り札温存はありがたい。


「疲れてないか?」

「まだ大丈夫」

「タフだなぁ」


 ヴィックに苦笑された。彼の鎧の左の肩当てがなくなっていたが……。


「ケガは?」

「爪がかすめた。もうちょっとズレてたら左肩がなくなっていた」


 そう答えるクーカペンテ戦士団の団長は苦笑した。


「結局、何だったんだあれは?」

「さあね。何にせよ、先を急ごうじゃないか」

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