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第87話、それは突然やってくる


 休養は重要だ。ダンジョンに潜って、いや登って、体力や気力、精神力に集中率、ありとあらゆるものを酷使する。


 だが一歩間違えれば、ハイな状態になってまだ行けると誤認し、致命傷を負う。


 昔、二十四時間戦えますか、なんてコマーシャルがあったらしいけど、肉体労働者がそれをやったら、まず間違いなく死ぬね。


 大御所の漫画家が長生きできなかったのは、睡眠時間を削って仕事しているからだ、とは、長生きしている大御所漫画家の談だったような。


 そんなわけで、夜を徹して攻略すれば、もしかしたら間に合うかもしれない、という思いを捨て、俺はカスティーゴ・キャンプで休んでいる。


 ぶっちゃけ、体が寝たいとうるさいくらいで、ベッドに早々に横になった。


「……それで、エルティアナ。君は、何故そんな顔で俺を見ている」


 テントの中の即席ベッドにいる俺を、彼女は椅子に座って見ている。無表情が基本のエルティアナにしては珍しく、口がへの字に曲がっていて、どこか不機嫌そうであった。


「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」

「ラーツェルが――」


 エルティアナはポツリと言った。


「弓使いの自分がいなければ、進めなかったと、吹聴していたので」

「……羨ましかった?」


 エルティアナも弓使いだ。自信家のラーツェルが自慢していたので、面白くないのだろうか。いや、あの野郎のことだから、いちいち癇にさわる言葉を吐いたのだろうな。


「腹が立ちました」


 彼女はきっぱりと言った。自分がいれば役に立てたはず――その機会を逃してご機嫌斜めかな。


「明日は頼むよ。俺も君がいないと寂しい」

「はい」


 エルティアナは頷いた。心無しかホッとしているような気がした。


 表現に乏しい彼女も、それなりに表情や感情を見せるようになって気がする。少しずつだが、本来の彼女を取り戻しつつあるのかもしれない。


 ……いかん、瞼が重い。もう限界だ。


 まだエルティアナとの話の最中だが、うっかり目を閉じたのが最後、俺の意識はそこで途絶えた。



  ・  ・  ・



 翌朝、カスティーゴ・キャンプでは、明日起こるだろうダンジョン・スタンピードに備えて準備が行われた。


 ヴィックの指示のもと、クーカペンテ戦士団で、侵攻してくるだろう敵の進撃ルートに罠を仕掛けたり、防御用の仮設陣地を作っていた。


 そんな彼らを尻目に、俺たちは、邪神塔ダンジョンの攻略を進める。できれば今日中に攻略したいねぇ、ほんと。


 今回の攻略メンバーは、俺たち三人組のほかは、ユーゴ、レーティアの魔法戦士ふたり、偵察員のロウガ、ローアとイルバという名の兵。……パッと見たところ、かなり機動力を重視しているチームだ。


 装備の重い騎士や足の遅いメンバーがいない。回復役のセラフィーナやランベルト神父がいないが、そこも足の遅さを懸念したものか。


 万能ではないが、ある程度の治癒魔法は、俺とレーティアが使えるし、ポーションや治療薬は、イルバが衛生兵もどきとして活躍してくれるだろう。


 さあ、進もう。邪神塔ダンジョンを制するために!


 39階。数百体の土人形が整然と並んでいるフロア。元の世界で、中国とかの遺跡でこんなの見た記憶が。


「映画だと、こいつら動き出して襲いかかってくるんだ……」

「映画がなにかは知らんが、言うなよ、ジン」


 ベルさんがたしなめたその時、案の定、土人形たちが一斉に動き出した。


「ほらみろ!」

「俺のせいじゃないってば!」


 異空間収納! 俺は、仲間たちの前の地面に異空間への穴を形成。突っ込んできた土人形どもは、そのまま異空間へと飛び込んでいく。


 単調なゴーレムみたいなものだろう。このまま勝手に自滅するのを待とうと思ったら、弓持ちの土人形が矢を放ってきた。こちらもエルティアナが矢で応戦、俺とユーゴも魔法で反撃!


 どうにか人形どもを退け、次の40階へ。39階同様、広い部屋。ただし土人形はなかったが。


 やれやれ、今度は何だ?


「危ない!」


 誰の声だったか。その刹那、俺の腹部に何かが刺さり、貫いた。……何じゃこりゃ。


「……ウソ、だろ」


 力が抜け、俺はその場に膝をつく。やべぇ、何か棒が生えてる。これ、死ぬんじゃ――


「ジンッ!?」

「ジンの兄貴!」


 エルティアナ、ユーゴの声が耳朶を打った。朦朧(もうろう)としてきた。案外あっけなかったな、俺の人生も――


 床に倒れるかと思いきや、誰かが俺の身体を支えて、視界に天井が移った。だがそこで俺の意識は闇に飲まれた。



  ・  ・  ・



「ここは天国か?」

「いいえ、邪神塔です」


 そう答えたのは、エルティアナだった。俺が目覚めた時、半泣きのエルティアナが安堵の笑みを浮かべた。……天使だと思った。


「俺、生きてる? ……生きてるか?」

「ええ、生きてますよ」


 そういや腹に何か刺さったんだっけか。改めてみれば、そこには何もなくて……しかし、大竜の軽鎧に穴があって何かが貫通したのは間違いない。


 って、大竜装備を貫くとか、どんな威力だよ! 


 口の中がやたら血の味がした。鉄分マシマシ、若干、気分が悪い。腹を刺された時に、血が逆流してきたのかな?


「死んだと思った」

「死にかけていました。もうダメかと。……でも大竜の血液入りのポーションで、何とか」

「大竜の血液入りだって……?」


 くそっ、血の味はそいつのせいか。しかし再生力の高い大竜、その血のおかげで、俺は九死に一生を得たようだ。……そういや、竜の血には不死身になるとかって伝説もあったなぁ。


 大竜を討伐して、さらにその血も回収してなかったら、俺やばかったな。


「で、結局なんだったんだ?」


 エルティアナに問えば、彼女は視線を転じた。そこにはベルさんがいて、さらに人型の何かが倒れていた。


「この階の、おそらく番人が、魔法の槍を投擲(とうてき)してきて、ジンはそれに――」

「もろに直撃した、か。運のない奴は俺ってか」


 で、その番人とやらは、ベルさんが今しがた倒したと。さすがだな、ベルさん。


 しかし、ちょっと俺、間抜けだったな。死に方がモブキャラっぽい! ……いやまあ死んではいないんだけど。


 油断したつもりはなかったが、迂闊だった。


「心配かけた。すまない」

「いいえ。……ジンが生きていてくれて、よかった」


 そう言うと、エルティアナは涙をこらえながら、俺の服の袖をつかんで離さなかった。


 いや、ほんと、ごめんな。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「よう、起きたか?」


 ベルさんが戻ってきた。


「無事そうで何よりだ、ジン。動けるなら、先へ行こうぜ」

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