第86話、勢いにのること
31階の階段フロア、クリア。出口と入り口だけ見ていたら、見えない位置にゴールがあるという意地の悪さ。
立ち止まって、入り口のほうを見て、そこから上を見ろ、なんて。
「なあ、ベルさん、あんた、一歩ずつ進めばいずれはたどり着くって言ったけどさ」
俺は皮肉った。
「正しい道に気づけなかったら、どんだけ進んでもたどり着けなかったぜ?」
「そりゃそうだろ。間違った道を進めばたどり着けるはずがない」
真顔で返されてしまった。……そりゃそうだけどさ。
とりあえず、31階で、俺とベルさん以外のメンバーがダウン寸前まで消耗してしまったので、ポータルにて帰還。メンバーを入れ替えて、再開。
「エルティアナ、悪いが君も休め」
「いえ、……わたしは――」
バテてるのは明らかだが、それでも弓使いの彼女は、俺たちと同行したがった。
「気持ちはわかるが、まだ無理をする場面じゃない。ゆっくり休んで、次に備えてくれ。……いいね?」
「……わかりました、ジン」
よろしい。では俺とベルさん、再編メンバーで出発。
クーカペンテ組は、魔法戦士のレーティア、弓使いのラーツェル、鬼亜人の剣士リューゾウ、ほか兵二名。
おらぁ、行くぞッ!
・ ・ ・
「――というわけで、38階まで登ったよ」
「早かったな。……四時間くらいか?」
俺の報告に、ヴィックは目を丸くした。
カスティーゴ・キャンプ。晩ご飯に出されたホーンラビット焼きを頬張りつつ、俺たち攻略隊の戦況報告。
32階、巨大モグラの襲撃――
「モグラ?」
「でかかったよ。床が全部土でさ。しかも広かったから、面倒だった」
潜ったり出てきたり。……まあ、準備万端のところに誘い込んで、一斉に攻撃を掛けて仕留めたけどね。
33階と34階は、どこか城のような内装のフロアで、騎士や兵士の亡霊型モンスター祭り。
「戦利品は金ピカ鎧に銀ピカ鎧……。売ったら、かなり儲かるんじゃないかな」
きちんとストレージに回収してきた。そのフロアは結構、宝箱があって金銀財宝がそれなりにあった。
「ここで攻略をやめて帰ったとしても、それなりの成果と言えるかもしれない」
35階、大木群生フロア――
「巨大な木が何本かあって、その枝を渡り歩く感じだな。地面がなくて、浮いてる奇妙な場所だった」
「そりゃ、またも浮遊魔法の出番だったな」
「いや、むしろ魔力眼が頼りだった」
俺は自身の目を指さした。
「そのフロアな、全体的に魔力が薄くて、浮遊魔法でもあまり長い時間浮いていられなかったんだ。しばらく立ってたら、浮遊しているんだけど、少しずつ下へ落ちていく感じ」
最後は駆け足でヒヤヒヤしながら突破した。浮いていた大木が、これまた沈みはじめたのだ。地面がなく、異空間でフロアが接続されているとなれば、落ちたらどうなるかわからないから余計に焦った。
「続く36階は、やばかった。双頭竜がいたんだよ」
「双頭竜!? それって、君らが倒したあの……?」
そう、オレとベルさん、そしてユーゴが蛇の神殿だかで倒したあいつ。
「しかも三頭」
「三頭!?」
ヴィックのあまりの声に、周りにいた戦士たちが驚いた。気づけば、ティシアやバンドレが近くで食事しながら、俺の話を聞いていた。
「三頭もの双頭竜と戦った? よく生きていたな!」
「二度目だからね。……こいつがなかったら、もうちょっと酷いことになっていたかもな」
俺は大竜の魔法杖を手にとり、すっと触れた。魔法の威力が増大しているから、以前は抜けなかった装甲もそれなりに抜くことができた。ダメージが普通に入るなら倒せる。
「時間も限られているから、じっくり解体している間がなかったから適当に分断してストレージに放り込んである。ひと段落したら、解体しよう」
双頭竜素材の大量回収。君らクーカペンテ戦士団の装備強化になるだろう――そう言ったら、「お、おう」とヴィックが反応に困っていた。いや、そこは喜べよ。
「君やベルさんがいてくれてよかったよ、本当に」
ヴィックは、そうしみじみと言うのだった。
「で、37階は?」
「水晶の迷宮」
壁が全部水晶でできていた。キラキラしていた。別に寒くはなかったはずなのに、氷を連想させたせいか、心無しか肌寒さを感じた。
「迷路になっていた。ちなみに壁が天井まで伸びているタイプだったから、浮遊しても上からゴールが見えなかった」
地道に――進むことなく、ベルさんの使い魔に全部のルートを探らせて、最短を通ってクリア。
「38階は、的当て」
「的当て?」
当然のように首を傾げるヴィック。俺は説明した。
「浮遊している円盤……まあ、的って言うけど、それを狙撃してルートを開拓するやつだよ。赤と青と緑があって、赤の的に当てるとモンスターが出てくる。青は足場、緑は部屋にある何らかのギミックが発動する」
「ギミック?」
「足場が動いたり、フロア内に風が吹いたり、とかね」
とかく、的の数が多くて、大ざっぱに魔法などで狙うと他の的も巻き込んで誤爆の恐れがあった。
「が、君んところのラーツェル。あいつは凄いな。まさに百発百中だった」
やや尊大なところが玉に瑕のラーツェルだが、弓兵の中でも抜きん出た彼の実力が存分に発揮された。今頃、留守番組に自慢でもしているんじゃないかな?
「一日で十階、突破か」
「あと十二階」
結構頑張ったよな、俺たち。欲をいえば、40階まで突破したかった。そうすれば明日中の攻略も可能性が出てきていた。
「スタンピード前にクリアしたいのはわかる。だが、焦りは禁物だ」
ヴィックが注意した。
「皆も明日中の攻略を望んではいるが、それで慌ててしくじれば意味がない」
「『ゴールが見えてくると、自然と急ぎたくものだ』……ベルさんも言っていたよ」
となれば、より気持ちを引き締めてかかる必要があるな。今日は本当に大きな怪我もなく、死亡者も出ていない。……思い返せば、双頭竜のところでも治癒魔法でどうにかなる軽傷で済んだのは幸いなのだ。増長せず、油断なく、着実に進めていかねばなるまい。
「ああ、油断しない」
これは内なる戦いだ。自分を律して、浮き足立つことなくやっていく。
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