第85話、視点の問題
俺たちの歩みは止まらない。
とはいえ、相変わらず、邪神塔は俺たちに優しくはなかった。
26階。よくある石造りのダンジョンっぽい内装だが、一定時間で回転する部屋。次の部屋との出入り口が一致するまで閉じ込められたり、あるいは一致する瞬間が天井近くで、浮遊しないと進めなかったりと面倒だった。
27階。下るルートでもあった広い部屋に橋状の一本道を進むフロア。その時はモンスターの大群が押し寄せてきて、水魔法で洗い流してやったが、今回はひたすら矢の雨が俺たちを襲った。
「矢の雨なんて、洒落てんな!」
「冗談だろ!」
数千の弓兵が矢を撃ちまくったら、こうなるんだろうか。盾と魔法障壁でひたすら矢を防ぎ、一歩ずつ前進。防御魔法がなければ、このフロアで全滅だったな。
28階、毒の沼地といった感じの毒溜まりや浅いプールがある、安全な床より毒のほうが多いフロア。毒を吸い込まないようにマスクと魔法障壁の工夫で対処。……だけで済めばよかったのだが、毒溜まりと思いきや大型のポイズンスライムだったようで、これらとも戦闘となった。……クーカペンテ戦士たちの装備が腐食性の毒で傷んだり、あるいは飛んできた毒攻撃での怪我人が出た。
「人生、楽しめって!?」
「終わりよければすべてよし」
「まだ終わってないぞ!」
悪態のひとつもつきたくなる。装備の交換や補修ついでに、本日はここまでとして、カスティーゴに撤退。
野戦陣地じみたカスティーゴ・キャンプ。ヴィックに報告と今後の話は、もはやお馴染みとなりつつある。
「あと、三日で次のスタンピードだが……このペースだと――」
「50階到達まで、間に合わないね」
ヴィックの言葉に、俺は頷いた。
残すところ、22階。スタンピードが三日後なら、実質二日しか時間がないわけだ。一日で10階層突破したことがないから、困難と言わざるを得ない。
「各階がどうなっているかわからない以上、対策もなにもあったものじゃない」
「次のスタンピードに備えておく必要があるな」
何のスタンピードかにもよるんだよな……。俺はちらとベルさんを見やる。
「これまでのパターンだと、前と違うパターンなんだろう? ワイバーン以外の何かだろうな」
「ただ前回も前例がないスタンピードだったからな」
ヴィックは思案する。
「そのパターンについても、崩れている可能性がある」
「断言できないところが厄介だな」
これには眉間にしわが寄るわ。俺も腕を組んだ。
「防衛線は、もうカスティーゴじゃないからな。守備隊や他の冒険者はいない。ここで戦うのは俺たちのみ」
「いっそ、ここで戦わず、素通りさせたらどうだ?」
ベルさんが意見を口にした。
「それをやったら、確かに我々が戦うことはないだろうが、後ろの連中がスタンピードに対応することになる」
対処できるかな、とヴィックが言えば、ベルさんは続けた。
「こっちで全部引き受ける必要はないだろう」
「敵戦力の種類の通報。そしてある程度、戦力を削ってやることくらいしかできない、ということか」
ヴィックは唸った。
まあ、そうなるんじゃないか。俺たちやクーカペンテ戦士団の数なんて、たかが知れているわけだし。意地をはって、全員討ち死には御免だぞ。
「それでも充分、義理は果たしていると思うよ」
俺もヴィックたちも、このウーラムゴリサ王国の人間じゃない。……君らは故国を取り戻すって使命があるんだろう? 大局を見誤るなよ。
・ ・ ・
邪神塔、攻略再開。
俺、ベルさん、エルティアナほか、今回のクーカペンテ攻略メンバーは、ユーゴ、バンドレ、セラフィーナ、兵士二名。
石造りの迷宮じみたフロアを目にすると、ホッとするのは何故だろか? シンプルな見た目というか、まさにダンジョンといった雰囲気のせいか。
一度通ったフロアかと思ったが、しっかり迷宮の形が違っていた。矢や落とし穴のトラップ、モンスターを倒し、前進前進。
派手さはないが、こういう迷宮はゴール見つけるまでトライ&エラーを重ねる面倒さがある。要するに、まともに攻略すると時間がかかるということだ。
どうにか30階に到着。
「……風だ」
建物の中だが、吹き抜ける風が心地よかった。床が踝の長さ程度の草むらとなっていて、風にさらさらと音を立てた。
「これで天井が青空だったらよかったのにな」
味気ないダンジョンの天井、そして壁。でも床は草原。現れたのは武器を持った有翼人の戦士の集団。背中に翼をもった人間という姿なのに、獣のような咆哮を上げて襲いかかってきた。……蛮族ってのはこういう奴らのことを言うのかね?
飛行型だから風に強いだろうと、俺は岩つぶてを散弾よろしくばらまいた。大竜の魔法杖で増幅された岩つぶては、有翼人どもを叩き落とす。投石だって当たり所によっては死ぬのだ。
落ちてきた敵は、エルティアナが弓で射殺しつつ、ベルさんや前衛組が突撃して始末していった。
続いて31階。
「……なんじゃこりゃぁ!」
ユーゴが声を張り上げた。どんなフロアかと思えば、ひたすら階段。登り階段のみの一本道。だがやたら段があって、ゴールとおぼしき先が点のようにしか見えない。
「拍子抜けもいいとこっすね」
「じゃが、膝にきそうじゃわい」
バンドレが顎ひげを撫でながら心底嫌そうな顔になった。俺としてもまったく同感。やたら高いところにある神社への階段登りを思い出す。上に到着する頃にはバテた記憶がある。
「他に道がないから登るけどさ」
一歩一歩、段を踏みしめながら俺は、ベルさんを見やる。
「これ浮遊魔法で行ったほうが負担少ないんだろうかね?」
「そりゃそうなんだけどな。ちと天井が低いのが気になる」
「あまり高さがとれないから、思ったより浮遊で距離を稼げないか」
「ただ歩くよりは楽だろうけどなぁ」
話しながら登る。わかっていたことだが、途中でバテた。そして不思議なことに、頂上に一向に近づいている気配がなかった。
初めは気のせいかと思ったが、それからしばらく進んでもまったく変化がないので、さすがに変だと思い始める。
「進んでいるようには見えるんだけどな……」
振り返れば、結構登ってきたのがわかる。そう考えると、やっぱりちゃんと進んでいるように見えるのだが。
「一定範囲内でループしてるのかね」
だとすれば、いつまで経ってもゴールにたどり着けない。そのループゾーンがある程度登ったあたりというのがミソだろうな。ちゃんと登っていると思い込めば、ループしているにも関わらず、進めていると錯覚してドツボにはまる。
ベルさんを除く全員が、足腰立たないようで座り込んでいる。俺も膝がきつい。
腰に手を当て、登ってきた階段と、これから登る階段をそれぞれ見やる。今から戻るのもしんどいが……あれからな何か板状のものに乗って滑れば降りるのは簡単か? スピード出すぎて、下に到着した時、事故るかもだけど。
前髪が視界に入り、ちょっと手でいじる。額には汗がたっぷりふき出ていた。そりゃ疲れもする……ん?
入ってきた方を向いていて見えたが、天井の半ばに別の出入り口のようなものがあった。階段に沿って上を見ていたら、絶対に見えないところに。
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