第81話、コアを探せ
ダンジョンは破壊できない。少なくとも、外から攻撃して邪神塔のようなダンジョンが破壊されることはないと、リリ教授は告げた。
「どうして破壊できないんですか?」
「さあね」
教授はそっけなかった。
「ダンジョンというものの謎だね。ひとつの砂粒の謎を解ければ世界がわかるというが、それと同じ類いの謎だろうよ」
「……そのダンジョンの壁や天井を装甲に使ったら、少なくとも防御は無敵じゃないですか?」
「使えるものならな」
挑むように教授は笑みを浮かべた。
「だが面白い発想ではある。しかし現実には、建物を作るようにダンジョンを制御する方法はあっても、個人の装備や防御に利用はできないだろうね。……もし見つけたら教えてくれ」
やれるものならやってみろ、の類いだな。俺は素直に諦めた。
「だがね、ジン。ダンジョンを破壊できる方法もなくはないんだ」
「それはいったいどういう……?」
「先ほど言ったダンジョンコアだよ。ダンジョンと呼ばれる領域をテリトリーにしている存在だ。それを見つけて破壊すれば、いかなダンジョンとて崩壊する」
そういえば、先ほどダンジョンの心臓みたいなもの、と言っていたっけ。心臓をやればおしまい、っということだね。
「……そのダンジョンコアというのは?」
「ダンジョンのどこかだろう。もっとも、コア自体が噂にしか聞かない代物で、ひょっとしたら本当に存在するかも疑わしかったりする」
「つまり、そのコアがないかもしれないし、あったとしても、邪神塔のどこに存在するかもわからない、と?」
「そういうことだ」
リリ教授は頷いた。
「ただね、あれだけ複雑なダンジョンだ。おそらくダンジョンコアが存在しないと、ああも内部が変わったりしないと思う。あたしの言いたいことはわかるかね?」
「幻といわれるダンジョンコアが存在する可能性が高いダンジョン、ということですか」
なるほどね。……元の世界で読んだラノベにも、そういうダンジョンコアってのは登場していたな。この世界では、あるかもしれないし、ないかもしれないが。ただ、元の世界の記憶のおかげで、ある程度、整理はできた。
「しかし、ダンジョンコアがあったと仮定して、やはり内部のどこか、でしょうね」
「だろうね。外に剥き出しなんてことは……いや、どうかな。案外盲点かもしれない」
ふむ、下手な思い込みは厳禁だな。俺は腕を組んで考える。
「どちらにしろ、今は内部を攻略していくしかなさそうですね」
「そうだね。あの塔を浮上させたりするギミックはあったのだから、コアに関係するギミックもあるかもしれないね」
そう簡単に見つかるかな、と俺は思う。そもそも推測の域を出ていない話で、コアなんて初めからなかった、ということもある。
・ ・ ・
その日の夜。俺たちやクーカペンテ戦士団以外にいなくなったカスティーゴで、即席の葬儀をやった。
犠牲になった戦士たち、住民。知り合い、知らない人。ダンジョンスタンピードによって命を失った全ての者たちに、哀悼の意を表する。
クーカペンテ戦士団では七人の戦死者が出た。さらに三人が体の一部を失い、戦士として再起不能な傷を負った。それ以外の怪我人は、治癒魔法で早々に復帰する。
戦死した仲間たちを、彼らクーカペンテ戦士たちが送る。戦友の死は辛い。すすり泣きが耳に届き、やるせなさが俺の心に触れてきた。
亡くなった彼らと、俺自身は特に親しいわけではない。だが邪神塔ダンジョン攻略で行動を共にした者もいたので、まったく接点がないわけでもなかった。虚しさが去来する。
侵略された故国を取り戻すために、日々を生きていたクーカペンテの戦士たち。志半ばで消えた彼らを思えば、さぞ無念だっただろうと思う。
同時に、俺は再度、邪神塔を攻略すると心に誓った。
戦友たちと最後の別れを過ごしたのち、しんみりした空気が漂う中、俺とベルさんは、邪神塔が見える場所にいた。
「ダンジョンコア、ねぇ」
ベルさんが皮肉っぽく言った。
「ま、あの規模だからな。あってもおかしくないと思うぞ、ダンジョンコア」
「それを見つける方法は?」
「大抵はダンジョンの最深部……なんだがな」
ベルさんが眉をひそめる。俺は口を開いた。
「地下50階には何もなかった」
塔を浮上させたギミックはあったが、ダンジョンコアなるものはなかった。いや、そのコアがどんなものかは見たことがないが、仮にあればベルさんが見過ごすことはないはずだ。
「邪神塔なんて言われてるダンジョンだ。塔の頂上かもしれん」
「でもベルさん。塔が埋まってる時は屋上には何もなかったぞ?」
「条件付けかもしれんぞ」
ベルさんは思案顔。
「塔として本来あるべき姿の時でないと現れない、見つけられない、とか」
これまでも条件を満たすことで次の階層への階段が現れたりした。そう言われると、もっともらしく聞こえる。
「今回、塔が浮上して、変化があったわけだ。外側から直接登れないなんて、さも頂上の何かを守っているようでもあるじゃないか」
「確かに」
「ワイバーン・スタンピードのこともある。魔物の吐き出しが強化されたの含めて、何もないとは考えにくい。行ってみる価値はあるだろうよ」
「いつも通り、か」
「そう、いつも通りだ」
そこでベルさんが、ちら、と俺を見た。
「お前、少し顔つきが変わったな」
「そうかい?」
いまいち自覚がないが。……怖い顔でもしているかい?
「いいんじゃないか。一端の顔になってきた」
「もっと鏡で自分の顔を見る習慣をつけないとな」
皮肉がてら冗談めかしてみる。半壊したカスティーゴの町、その喪失感が表情に出ているだけじゃないかと思うが……。まあ、気にしてもしょうがない。
今は、あの塔を攻略するだけだ。
かくて、俺たちは邪神塔へ向かった。いつものように、ポータルを使ってな。
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