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第7話、旅立ち


 魔女は震えだした。


「やめろ! 私にそれを向けるな! 異世界人!」

「ジンだ」

「は……?」


 魔女は呆然と俺を見上げる。


「名前だよ。異世界人などと呼ぶな、魔女!」

「ファナ・キャハ。それが私の名前」


 別にお前の名前なんぞ聞いていないが……ああ、冥土の土産に覚えておいてやろう。


「遺言はあるか、ファナ・キャハ」


 知らない世界に呼び出されて、武器にされてしまった人々。その苦悶と苦痛の声が、俺の脳裏に木霊する。俺もそうなっていたという事実。許せるわけがない。

 俺の手で魔器が光り輝く。


「なっ……やめ――」

「やめろと言ってお前はやめたのか?」


 喰らえ、魔器よ。忌むべき魔女ファナ・キャハの魔力と魂を――その瞬間、彼女の大絶叫が響き渡り、赤き光がその身体を飲み込んだ。



  ・  ・  ・



 終わったのか、とベルさんが声をかけてきた。

 ああ、と俺は答えた。その手には、魔器の杖――名前は知らないが、そうだな『ファナ・キャハ』としておこう。これが何なのか、わかりやすい。まあ、忘れるなんてことはないだろうが。


「こっちも全部片付けたぜ。また新しい追っ手がつくと面倒だ。さっさと離れよう」

「そうだな」


 俺は同意する。これまでしつこく追ってきた連中を返り討ちにした。だが心が晴れたかというと、そういうこともなく。


「どうした?」

「いや、何だか……」


 言いかけ、しかし言葉が出てこなかった。俺は何をしているんだ? 異世界に召喚されて、逃げて、自分を守れるよう強くなって……それでどうなるっていうんだ?


「俺はこれからどうすればいいんだろうなって、思って」


 ようやく言ったその言葉。しかしベルさんは鼻で笑った。


「そんなもの、オレ様が知るわけないだろう? まあ、したいことをすればいいんじゃねえか。やることがねえって言うならさ」

「したいこと……」

「何かしなきゃいけないってわけでもねえ。オレ様たちをしつこく追っていた帝国の部隊は片付けたしな」


 それからのことは、ここは離れた後でいい――ベルさんは言った。


「帝国野郎に復讐するか? それとも遠いどこかで傭兵とか冒険者ってのをやるってのもある。どこかの国に魔術師として仕えるってのもあるな……まあ、オレ様は最後のは勘弁だけど」

「魔王様だもんね、ベルさんは」


 俺も笑ったが、そういえば俺は自分でやりたいことって何かあっただろうかと考える。


 元の世界にいた頃は普通に会社で働いて、それが当たり前になって、いつからか夢だとかやりたいことなんて考えなくなった。そして身体を壊した。


 子供の時は漫画家、学生時代は小説家目指したことはあった。今からそれを目指してみるとか? いやいや、こっちの世界じゃ、漫画とか小説という娯楽はなさそうだ。まだド田舎しか立ち寄ったことはないが、いかにも西洋の中世ファンタジーっぽい社会だし。


 何はともあれ、まずは生きていくために必要なことをしないといけないのではないか?

 働かない者に食べるものなどないのだ。自分で生活できて、それからだろう。やりたいこと云々ってのは。

 そうなると――


「まずは金、そして住むところだろうな」


 それが現実。どうせ、元の世界に戻れるわけでもない。

 異世界転生ものとかで言ったら、冒険者とかそういうのだけど、ありゃ作り物の話で実際は――まてよ、ベルさん、さっき冒険者とか言ってなかったか?


 魔術師として、冒険者家業って稼ぐ。せっかく得た力を有効に使ってこそ、というやつだ。異世界ラノベでよくあるやつだけどな。

 自力で生活できるレベルを、ひとまずの目的としよう。そして望めるなら、有名になって悠々自適な生活を送るのだ。それで、のんびり暮らしていけたら、俺の人生も悪いものではないと言える。


「のんびり暮らせたら……」

「何だって?」


 つい言葉に出てしまい、ベルさんが怪訝な顔になる。


「冒険者とやらになって、成り上がろうってことさ」

「なるほどな。だが、あまり目立ち過ぎるなよ。偉い奴らから利用される」

「だな。やり過ぎない程度にやっていくとしよう」


 そこで俺はふと、ベルさんを見やる。


「そういうあんたは、これからどうするんだ?」

「オレ様もしばらくすることがないからな。もうしばらくお前さんに付き合うさ」


 頼もしい。そいつを聞いて安心している俺がいる。

 帝国連中と戦ったその場から離れながら、俺は、拾いものをベルさんに披露する。


「空飛ぶ箒を手にいれたんだけど、これ使えないかな?」

「股に挟むってか? 昔から魔女って奴はそういうの好きだよな」


 俺の世界でも、魔女といえば空飛ぶ箒ってイメージはある。


「だが乗りにくそうだ」

「乗る部分を改造したらどうかな。馬に乗るみたいに鞍を付けるとかさ」


 バイクみたいになら、乗りやすくなるんじゃないかね。


「……盲点だった」


 ベルさんが珍しく驚いた目をした。


「なるほどなぁ……ジン、お前、面白いこと考えるな」

「そうかい?」


 褒めても何も出ないぜ?



  ・  ・  ・



 そして俺とベルさんは、ディグラートル大帝国の外へと出た。夜陰に乗じて、空から国境を超えたのだ。揉め事は嫌だったからね。


 いざ東へ、自由を求めて。ここから俺の本格的な異世界での日常、生活が始まるのだ。再出発である。

 ……俺としては、この帝国と二度と関わるつもりはなかったんだけど、また戻ってくることになるとは、この時は思いもしなかった。


 栄光と、そして裏切りと。

今回で序章は終了。

次回から、いよいよ本格的な異世界冒険ライフの始まります。

次話は25日20時過ぎに更新予定。


今回の話の二年後は『英雄魔術師はのんびり暮らしたい  活躍しすぎて命を狙われたので、やり直します』、小説化になろうにて投稿中。また書籍版1巻がTOブックスより発売しておりますので、今からという方はこちらもどうぞよろしくお願いいたします。


Web版英雄魔術師、近日連載を再開予定。こちらから来てくださっている方々、お楽しみに。

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『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』
TOブックス様から書籍、第一巻発売中! どうぞよろしくお願いいたします!
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