第77話、人の姿はすれど、中身は獣ばかり
邪神塔7階は、またとても大きな空間の部屋。天井まで数百メートルはありそう。はっきり言えば、外から見る邪神塔より高いんじゃないかってくらいだから、それだけ中と外のスケールがあってないのがわかる。
「……何か、このフロア見覚えがあるような」
俺は周囲を見渡す。数百メートルもの大きな部屋ではあるが、これといって障害物はなく、生き物の姿もない。完全なる箱形の部屋だが、この感じ、塔を下っている時にも見たある部屋に似ている。
「ジン、似ているもなにも、あの部屋と構造が同じっぽいぞ」
ベルさんが、俺が見ている方向とは正反対のほうを指さした。
「ただし、降りている時にあったあの部屋と上下が反対だけどな」
「……ほう」
指し示した方向、高さ二百メートルくらいのところに、出口らしき開口部がある。ただし、その開口部、何故か天井があるのだが、床となる部分がなかった。
「なるほど、上下逆か!」
地下でここのフロアに来た時、床と足場はあれど、天井ははるか真上。上と下が反対になっているなら、天井があって床がないのも納得だ。
「ほんと、この塔、おかしいよな、色々と」
上下反転フロアとか。異空間で繋がっている階層だが、まさか天と地が逆さまになっているフロアが混ざっているなんてね。
ともあれ、仕掛けがわかればどうってことはない。またまた浮遊魔法で、出口まで浮き上がり、そこから次への階段へ。
もし、邪神塔ダンジョン攻略の本を書くなら、浮遊魔法ないし浮遊魔法具必須と記しておこう。
では、サクサク先に進んでいこう。
8階。吹雪吹き荒れる広大なフロア。塔の中だぞ、というのは不毛なツッコミか。ダンジョンの内部は複雑怪奇。科学的な説明など不可能な現象も頻発する。
遠くの視界も見えない吹雪。積もった雪がブーツにまとわりつき、寒さと風が俺たちの体力を奪っていく……というものだったのだが、魔力眼に切り替えたところ、吹雪を発生させているオーブを発見。これを破壊することで吹雪は解除された。
これに気づかなければ、延々とフロア内をループさせられ、いずれは力尽きていただろうな。
踏破しようとして命を落とした先駆者たちの氷漬けの武器などが落ちていたので回収。彼らも魔力眼を使えたなら、あるいはそれに気づけたかもしれない……。
「何かひとつの違いが生死を分ける」
俺は物悲しくなった。ベルさんは肩をすくめた。
「これもまた運ってやつだ。そしてこいつらには運がなかった、それだけだ」
気を取り直して次の階。これまた広いフロアだった。無数に立てられた木の柱と、その上にいた魔物――女性の上半身に腕を兼ねる鳥の翼をもつハーピィーたちの襲撃。
「大人気だな!」
ベルさんの皮肉に、クーカペンテの戦士たちは一斉に反論した。
「いくら女でも、こういうのは勘弁です!」
ユーゴが言えば、弓使いのラーツェルが立て続けにハーピィーを撃ち落とした。
「人の皮を被った獣だろ!」
いかにも西洋のバケモノだと、たとえお胸が豊かでも、ちっともうれしくない。非常に獰猛にして凶暴。人の顔があっても獣並みの知性では話し合いの余地なし。
モンスターフロアの類で、こいつらを撃退しつつ進んだ。耳障りな悲鳴に、こちらのイライラも募る。力押しで突破。当たれば武器でも魔法でも倒せるから、飛行型ではあるが、さほど苦戦はしなかった。
ただ同行したクーカペンテ戦士団のメンバーでは死者はいなかったが負傷者が続出した。治癒魔法でどうにかなるレベルだったけどね。
そしてやってきた10階。普通に考えたら、ゴールが50階とわかっているので、5分の1踏破にリーチがかかるが……。
これまで広いフロアが続いたが、それと比べたらこじんまりした室内だった。といっても、市民体育館くらいはあるんだけど。
待っていたのは、以前の階層で見かけた闇世界の住人とかいう人型の敵の集団。……こいつらも言葉通じる雰囲気がないんだよね。襲いくる姿は、先ほどのハーピィーと同じく獣のようだった。
こちらはベルさんを軸に、クーカペンテ戦士団が脇を固め、俺やエルティアナが後方からの支援。敵さんの頭が獣並だったので、こちらの連携を崩されることなく、無事切り抜けることができた。
さて、連戦が続いたので本日はここらで撤退する。カスティーゴへの邪神塔スタンピードも近いし。
・ ・ ・
邪神塔が変化した、という話が遅まきながらカスティーゴに浸透しはじめた。
ロバールの逮捕とその騒動も落ち着いてきて、冒険者がちらほらとダンジョンに挑んだことでそれが発覚した。
これまで地下だったものが、上へ登る形になった。入ってすぐにそれがわかるのだから仕方ない。
外から見る分には、やたら塔に雷が落ちていること以外、とくに変化がなかったからね。幻だった部分に浮上して重なっている程度では判別がつかないのだろう。
では本格的に行ってみよう、という前に、恒例の週一のダンジョンスタンピードの日がやってきた。
「何だって……?」
「敵はワイバーンの大群です!」
ギルマス代理のヴィックは、通報した守備隊兵の言葉を疑った。カスティーゴのベテラン冒険者たちも同様だ。
ワイバーン――翼を持つ大トカゲ。その風貌からドラゴンと混同されたり、あるいはドラゴンの一種と分類されたりする、大型の飛行型魔獣である。
ドラゴンによく似た姿だが、ワイバーンは腕と翼がひとつになっているので、どちらかといえば、俺のいた世界の恐竜時代の翼竜の姿が近い。
ともあれ、これまでのスタンピードでは、飛行型魔獣の襲撃に小型や中型のワイバーンが混ざることはあったらしい。だが、ワイバーンオンリーのスタンピードは初めてだった。
だからこそ、大騒ぎとなった。
偵察要員の報告では、観測されたワイバーンはすべて中量級とされる10メートルを超えない程度だが、数が数十、下手したり百を超えるとされる。
ただでさえ飛行型は厄介である。中量級とはいえ、ワイバーンの外皮はそこそこ厚く、通常の弓矢では表面に刺さることはあっても致命傷にほど遠い。投射魔法にもある程度の耐性があり、高レベルの魔法でなければ効果は薄いとされる。
つまり、空を飛ぶ戦車のようなもので、生半可な武器は通用しない。それが三桁近い数が押し寄せてきたらどうなるか?
こいつらはドラゴンと比べても、さらに知能が低いらしく、人間も獲物として襲い、喰らう。城塞都市に舞い降り、建物を壊し、住民たちをついばんで皆殺しにするまで居座ることになるだろう。
とてもよろしくない。何より始末が悪かったのは、飛行型の魔獣の例に漏れず、通報された時には、すでに敵がすぐそこまで飛来していたことだ。
ろくな防御準備もなく、城塞都市カスティーゴは戦場と化したのだった。
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